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真剣勝負

翌日、ルナとリュンヌは見知った第一夫人の邸宅の成金趣味の門をくぐる。


今や夫人の使い走りに成り下がっている屋敷の主人に妾候補として呼び出された時とは違い、大事な客として丁寧な応接を受ける。


第一夫人は


「お久しぶり、託児所はなかなかいい感じのようね。うちの従業員もお世話になっているわ。広げる気はないの?」


と聞いてきた。


ルナは


「もう、あそこは私達は噛んでないわよ。運営は第二夫人夫妻に譲ったわ」


と応じる。


「そうなのね。なら近々ご挨拶に行くわ受入人数を増やして欲しいって……」


第一夫人の言葉にルナの頭の中で銅貨の音が響く。


「……第一夫人。……商売人の、目。……託児所も、……お金の、道具。……うぃんうぃん」


リュンヌは、出された高級な菓子を一つ口に運びながら、ちょっとルナに毒されつつ冷静に場の空気を見定めた。


目の前の女性は、ルナという「重要な提携先」が、新たに火入れつつある領主夫人の影を正しく恐れ、そして利用しようとしている。


「……ルナ。……目が、金貨。……音が、漏れてる」


「つっ。失礼、少しばかり今後の『拡張計画スケーラビリティ』を計算していただけですわ。


少しルナがよだれをすすった様に見えたのはリュンヌの気のせいか?


「そうですわね、託児所の運営はあちらに任せましたが、あそこの体制が整えば、夫人のお店の従業員の方々も、より一層仕事に専念できるというもの……」


ルナは優雅に茶を啜りながら、内心では猛烈な勢いで算盤を弾いていた。


託児所の受け入れ人数が増える=働く女性が増える。 働く女性が増える=「あの時期」でも休まず、服を汚さず、尊厳を保って働きたいという需要が爆発する。


「……ルナ、繋がった。……託児所の、先。……私たちの、『祝福』」


「ええ、その通りよリュンヌ。夫人、託児所の件はぜひ第二夫人の方へ」


託児所の宣伝をしつつ本題へルナは上手く話題をスライドさせていく。


「ですが、従業員の方々をより効率的に、かつ『快適に』働かせるための秘策が、実はもう一つございますの」


ルナがゆっくりと、机の上に深緑のベルベットの箱を置いた。第一夫人の鋭い目が、吸い寄せられるようにその箱へと向けられる。


「………それ、領主夫人も、認めた。……鉄壁の、盾。……勇者が魔王を倒した、この新しい時代の、……必ずいるもの」


噂を受け売りにしたリュンヌの言葉に、第一夫人がわずかに身を乗り出した。


「……あら。託児所の相談のはずが、もっと『高くつきそう』な話になりそうね。見せてちょうだい。領主夫人がそこまで急がせたという、その『救済』を」


箱の蓋が開けられ、中からハーブの爽やかな香りと、黄金色に輝く極薄の布が現れた瞬間、部屋の空気が一変した。


「ちょっと待って、これをうちで扱えと?」


と第一夫人は言う。


「そうよ。既に領主夫人に試作品は渡し済み。」ルナが応じ更に続ける。「領主夫人はルス教の副光主様まで品を献上済よ。」


「……第一夫人、顔、真っ赤。……熟れたトマト。……息、してない?」


リュンヌは、喉を鳴らして「聖女の祝福」を見つめる第一夫人の様子を、冷静に観察していた。


先ほどまでの余裕のある女主人の面影はない。そこにいるのは、千載一遇の「利権」を目の当たりにし、野生の嗅覚を剥き出しにした一人の捕食者だった。


「……クソマズ粉末、ただの薬。……これは、『特別』。……持っているだけで、……選ばれた人。」


リュンヌの呟きに、第一夫人はハッと我に返ったようにルナを見た。


「……選ばれた人に?。……本気なのね? 社交界の一角に、うちの商品を……いえ、私たちが製造した品を届けろというのね!?」


食いつきが激しい第一夫人に対してルナはわざと冷静に言葉を続ける。


「ええ。ですが夫人、これは『量産品』ではありませんわ」


そして、更に大層に見せかけるためのホラを吹く。


「最高級の絹、厳選された水苔、そして……この街の市井の者の『勇者の魂(松ヤニブレンド)』を注ぎ込んだ、完全オーダー制の至高の一品」


いや、おばちゃんの妄想と生活の知恵であってそんな至高とは対極である。

が、ルナは更にもう一つちょっと調味料をかけた。


「……これを扱えるのは、領主夫人様と、そしてあなただけですわ」


ルナが「あなただけ」と強調した瞬間、部屋の空気がさらに熱を帯びた。


「……ルナ。……エグい。『貴族のお店』、それは、……お金で、力を買う。……夫人の、……一番、欲しいもの」


「あら、リュンヌ。私はただ、夫人のお商売をもう一段階上のステージ(貴賓席)へお招きしたいだけよ。」


ルナは勝利を確信した顔で第一夫人にわざと問いかけた。


「……夫人、どうかしら? この『救済』を、あなたの商家の看板にする覚悟はありまして?」


第一夫人は、震える手で黄金色の試作品をそっと撫でた。


その目は、ルナという一人のパートナーに対する「敬意」と「打算」が混ざり合った鋭い光を放っていた。


「……いいわ。……いいえ、ぜひやらせてちょうだい。夫(あの使い走り)には指一本触れさせない。」


第一夫人の言葉は、腹の底から湧き出るような強さがあった。


「この製造ラインの管理、そして原材料の確保、全て私が直接統括するわ。」


第一夫人の目はすわっている。


「……ルナ、あなたの『ロイヤリティ』の条件を言いなさい。……どんな数字でも、飲む用意があるわ。」


リュンヌは飲み物の話でないことだけは理解した。


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