銭ゲバの照れ隠し
ルナは
「利益の2割をいただければいいわ」
さらりと告げた。
「あとは、街外れの土地付きあばら家1軒。それと街から離れた場所の広い荒地とロバの馬車2台の提供ね」
かわらない調子でまるで予め決めていたかのように続ける。
「配当の利益2割のうちの5分は教会へ入れてくださる。そして、5分は託児所へ入金、残り1割を私達へ」
ルナは、あまりにも手早く要求を終えた。
あまりに薄くあっさりとした条件に聞こえリュンヌは唖然とする。
「……ルナ。……頭、壊れた? ……1割。それ、安すぎ。……あばら家と、荒地、ロバ、……銀貨数枚分」
リュンヌは、喉まで出かかった叫びを必死に抑え込んだ。
副光主への献上品、領主夫人お墨付きの「覇権アイテム」。
その利益の8割を商家に渡し、自分たちの取り分はわずか1割。
おまけに要求した不動産は、街の中心から外れた、誰も見向きもしないようなボロ家と土地だ。
「……夫人、……目が、点。……『カモが来た』……思ってる。」
第一夫人もまた、獲物を飲み込もうとした瞬間に相手から口の中に飛び込まれたような、奇妙な表情を浮かべていた。
「……ルナ、本気なの? あなた、自分で言ったわよね。これは『政商』への切符だって。」
交渉相手である、第一夫人ですら確認をついしてしまうほどの薄すぎる内容だ。
「その条件……私にとっては、利益が大きすぎて逆に怖いわ」
第一夫人は、つい本音をもらす。
「ふふーん。夫人、これは『カモ』でも『慈善事業』でもありませんわ。立派な戦略的提携よ」
ルナは優雅に茶を飲み干し、氷のように冷徹な、けれど情熱的な瞳で夫人を見据えた。
「あばら家は、以前に小さな店の商店主に指導者就任を断られた人材教育兼紹介所にするの。大きな土地とロバは堆肥工場用よ」
リュンヌは唖然とする。「あとは内緒」とルナはリュンヌには全ては言わなかった。
「……人材、教育。堆肥、工場。………ルナ、……全然、……わからない」
リュンヌは、喉の奥から絞り出すような声で呟いた。目の前には、世界を揺るがす衛生革命の契約を終えたばかりの相棒。
普通なら、これからどうやって「聖女の祝福」を量産するか、その話になるはずだった。
なのに、ルナの口から飛び出したのは、以前商店主に鼻で笑われた「教育」の話と、およそ聖女には似つかわしくない「堆肥」という泥臭い言葉だった。
「……ルナ、……『聖女の祝福』、……どこ行った? ……布、……作らないの?」
リュンヌは、つい自分の思いもあり疑問を口にした。
「そんなのは、第一夫人にしていただくわ。私たちでどうやって大量に作るの?」
リュンヌは、ルナが自らの手を一切動かさない様にしていることに気づく。
「……失敗、関係ない……」
ルナはリュンヌのつぶやきにわずかに眉を動かしただけだった。
ルナはクソマズ粉末の時と同様の10年の独占契約とした。
永久にした所で商売敵は必ず情報を仕入れ対抗してくるし、改良努力を第一夫人の商家が怠らないようにするためだ。
そして契約書にはこの一文を入れさせた。
「遅くとも3年後までに庶民用を販売する」
第一夫人はその条文を見て、一瞬だけ複雑な顔をしたが、最終的には「3年あれば、高級品としての地位は確立できるわね」と不敵に笑ってサインした。
「……10年。……永久、じゃない。……ルナ、わざと、期限。……第一夫人、サボらせない。……怖い」
リュンヌは、契約書に刻まれた「10年」という数字の裏にある、相棒の容赦ない「競争原理」を悟って、背筋が少し寒くなった。
独占権を永遠に与えないことで、商家に常に緊張感を持たせ、競合他社が現れる前に自ら進化し続けさせる。
ルナにとって、契約はゴールではなく「加速装置」に過ぎないのだ。
第一夫人宅を出た二人は並んで歩く。
契約書の最後に付け加えられた、たった一行の条文をリュンヌは思い出す。
「……3年後。……みんな用。……領主夫人、副光主様だけじゃない、……おばちゃんや、昔の私みたいな子。……みんな、届く。」
「そうよ、リュンヌ。貴族相手の商売は『名声』と『莫大な利益』を運んでくるわ。」
ルナは、リュンヌに何か教えようとする時の少しふんぞりかえるような姿勢になる。
「でも、本当に世界を変えるのは、数えきれないほどの庶民たちが毎日使う『小銭の積み重ね』だわ」
ルナは確信と興奮が入り混じった表情でリュンヌに語った。そして力強く言い切った。
「……3年あれば、今の高級素材を代替する安価な仕組みを、第一夫人か他の誰かが見つけ出せるはずよ!」
ルナの瞳は、もはや第一夫人の屋敷の金ピカの門など見ていない。
3年後、この街の、あるいは世界中の市場に自分たちの「救済」が溢れる光景を見据えている。
「……ルナ。……『銭ゲバ』顔して、……やってること、聖女。……結局、……みんな、救う気。」
リュンヌはつい微笑んだ。
「……っ。勘違いしないで! 」
ルナは顔を真っ赤にして足をジタバタさせる。
「庶民100万人から銅貨1枚ずつ巻き上げる方が、貴族一人から金貨を奪うよりずっと効率的で、リスクも分散されるって言ってるのよ!」
リュンヌは生暖かい目でルナを横目で見て言う。
「……はいはい。……照れ隠し、お疲れ様。」




