屁理屈をおばちゃんは超えていく
「……松ヤニ。……ベタベタ。雨具用。……これ、……もっと、繊細なやつ」
リュンヌは、おばちゃんが差し出した褐色に光る松ヤニの塊を見て、顔をしかめた。
自分たちが作ろうとしているのは、領主夫人や副光主が使う最高級の衛生用品だ。
山仕事の雨合羽のような、ゴワついて匂いの強いものになっては元も子もない。
「……ルナ。……これ、ダメ。……製品、変わる。……松ヤニ、……おじさんの、匂い」
「いいえ、リュンヌ、そのまま続けなさい!」
ルナはリュンヌの予想に反して続行を指示した。
「松ヤニ(パインレジン)の粘着性と撥水性は、蜜蝋の柔軟性と組み合わせることで、最強の『定着力』を生むわ!」
ルナは机に身を乗り出し、おばちゃんたちが持ってきた松ヤニを鑑定するように見つめた。
その瞳には、すでに新しい配合の計算式が浮かんでいる。
「……ルナ。……本気?……肌に、ついたら、取れない」
「リュンヌ、あんたこれが外側の防護壁用って忘れてない?」
まず、ルナはリュンヌに作業目的を念押しした。
「だからこその『配合』なのよ! 蜜蝋だけじゃ圧力がかかった時に剥がれる可能性があるけれど、この松ヤニを微量にブレンドする」
ルナの碧眼がきらめく。
「すると、繊維の奥までガッチリと食い込んで、ミクロの汚れ、違う、一滴の隙間も作らない『完全密封』が可能になるわ!」
ルナ、いつものガバガバも出だした。
「そうそう、ルナちゃんの言う通りだよ。山歩きの合羽だって、これが入ってないとすぐ水が染みてくるんだから」
「勇者様だって、きっと松ヤニを塗った丈夫なマントで魔王の城に乗り込んだに違いないわ。そう思うだろ、リュンヌちゃん?」
「……勇者、……また、出た。……でも、……ルナ信じる」
リュンヌは溜息をつき、おばちゃんたちの勢いに押されるようにして、松ヤニを細かく砕き始めた。
「……調合、……私やる。……おばちゃん、……勇者の話、……しながら、練って。……一番、……しなやか、止める」
「任せとくれ! 勇者様の情熱くらい熱々に練り上げてあげるからね!」
鍋の中で、蜜蝋の甘い香りと松ヤニの鋭い森の匂いが混ざり合い、これまでにない独特な「防壁の素」が形作られていく。
リュンヌは慎重にその硬さを指先で確かめる。
リュンヌの確認が済んだ矢先、練った松ヤニと蜜蝋におばちゃん達は安酒を突如じょぼっと注ぐ。
「……お酒。もったいない。……でも、……不思議、さらさら」
リュンヌは、おばちゃんたちが手際よく注いだ酒が、粘ついていた松ヤニと蜜蝋を一気に「流動体」へと変える様を、目を丸くして見守った。
アルコールが溶媒となり、粘度を下げ、繊維の奥まで浸透しやすくする 。
ルナが脳内でこねくり回していた理屈を、おばちゃんたちは『いつもの知恵』として軽々と実践してみせたのだ。
「………ルナ、固まってる。……屁理屈より、経験。……完敗」
「……っ。酒を溶剤に使うなんて! これなら熱だけじゃ届かない繊維の深層まで、松ヤニの防水成分が送り込まれるわ」
ルナはリュンヌのツッコミを否定しなかった。
「コストはかかるけど、この『薄さ』と『確実性』を両立させるには、これ以上ない最適解だわ!」
ルナが驚愕と感心の間で揺れている間に、おばちゃんの一人が「はいよっ!」と威勢のいい声を上げた。
「……あ。上等な、絹。……ドボン、……いった」
「あら、本当にいい布だねえ。こんなのを雨具にするなんて贅沢だけど、勇者様への献上品だと思えばこれくらいしなきゃね!」
鍋の中に豪快に沈められた最高級の絹が、黄金色の液体をぐんぐんと吸い込んでいく。
酒の効果でさらさらになった混合液は、二人が恐れていた「ゴワつき」を感じさせないほど、薄く、均一に布へと馴染んでいった。
「……引き上げ。……おばちゃん、火傷、……危ない」
「大丈夫だよ。さあ、リュンヌちゃん、ルナちゃん、これをムラなく伸ばして乾かすよ」
そして、おばちゃん達による余計なコメントがつく。
「勇者様の凱旋パレードの日の青空みたいに、ピカピカに仕上げようじゃないか!」
おばちゃんたちの妄想は暴走している。
「……勇者、結局、そこ。……でも、……この輝き。……見たことない、……防水布」
引き上げられた布は、蜜蝋の艶と松ヤニの粘り、そして酒がもたらした浸透力で、まるで「薄い黄金の膜」のように怪しく、美しく輝いていた。
その後の工程でも、おばちゃん達の生活の知恵を使って仕上げられた布。
それは2日もすると酒の匂いも抜けた。いよいよ試作品を作成していく段階だ。おあつらえむきに前日からルナが、「低成長期」だ。
リュンヌが試作品をルナに朝渡す。




