おばちゃんハリケーン2
「……ルナ。……『壁』、……無理?……呪文、いる?」
「……う、うるさいわね。呪文じゃないわよ。……『含浸』よ」
ようやく動いたルナの口から、また新しい「妙な言葉」が漏れた。
「……がんじん?」
「お坊さんじゃないわよ!布や革そのものに頼るのが間違いだったのよ」
ルナはリュンヌの聞き間違いにツッコむ余裕が出てきた。
「リュンヌ、あんたが言った蜜蝋や油、あれを『塗る』んじゃなくて、繊維の隙間に『叩き込む』のよ」
何故、そんな物騒な表現なのか。
「それも、革じゃなくて、もっと密度の高い……そう、最高級の『密織りの絹』に!」
ルナの瞳に、絶望を燃料にした新しい火が灯る。
「……絹。また、高いやつ。……蜜蝋、……叩き込む。……毛穴、埋まる?」
「埋めるどころか、繊維そのものを樹脂でコーティングして、一つの『膜』に変えるのよ! 」
けたたましくルナは言葉をならべ立てた。
「これなら薄くても漏れない、しかも革よりずっとしなやか(ソフト)だわ!」
リュンヌは、相棒が再び「銭導士」の顔に戻ったのを見て、小さく息を吐いた。
「……わかった。……私、……おばちゃん達、呼ぶ。……蜜蝋、……練る、……手伝って、もらう。……最強、……『油布』、作る」
翌日、リュンヌは知り合いのおばちゃん達3人を呼んで、蜜蝋を練って油布を作る作業を始めようとする。
しかし、薬草摘みのおばちゃん達と同様に前振りが長く中々作業に入れない。
「魔王ってのは大分と前に勇者様に倒されたらしいよ」
と一人のおばちゃんが喋りだす。
「だからこの辺にまで魔獣とやらが来ないんだねえ」と呑気に別のおばちゃんが応じる。
「いい男なんだろうね。勇者って」
もはや脱線などというレベルではない。
「……おばちゃん、……寄り道、ひどい。……勇者の顔、蜜蝋...関係ない」
リュンヌは、温められた蜜蝋の鍋を前に、呆然と立ち尽くしていた。
集まってくれたおばちゃんたちは、手元にある最高級の絹糸には目もくれない。
ひたすら、旅人の噂話か吟遊詩人の歌でしか聞いたことのない「勇者様」の顔面偏差値について熱弁を振るっている。
「……勇者、……顔がいい?……おばちゃん、妄想、激しい」
「だってリュンヌちゃん、魔王が倒されたおかげで、こうして夜道も歩けるし商売もできるんだからねえ」
リュンヌのツッコミに、逆におばちゃんは説教しだす始末だ。
「感謝のついでに、どれだけいい男だったか想像するくらいバチは当たらないよ!」
「そうよ、伝説の『聖剣の一撃』が、今のこの平和な時間を作ってるんだから。勇者様、きっと金髪で、瞳は海のように青くて……」
作業開始から日本の時間で30分。進捗率は0%。
ついに、隣でプルプルと震えていた「銭導士」の限界が訪れた。
「……ちょっと、あんたたち! 勇者のイケメンが、この『絶対防御(防水層)』の気密性に一ミリでも寄与するとでも思ってるの!?」
ルナが地面を思わず!思い切り蹴る。
その碧眼には、歴史ロマンへの感動など微塵もなく、「人件費の無駄」に対する怒りだけが燃えている。
「魔王を勇者が倒したのは過去の栄光! 私たちが今倒さなきゃいけないのは、領主夫人の『漏れの恐怖』と、副光主様への『献上期限』よ! 」
事情を知らないおばちゃん達に対して、それを言うのは理不尽である。
「勇者様の見た目を語る暇があるなら、その太ももの筋肉を使って蜜蝋を絹に叩き込みなさいよ!」
「……ルナ。キレた。……おばちゃんたち、ポカーン」
ルナのブチギレモードはキレを増す。
「いい? 勇者様が世界を救ったかもしれないけど、今この瞬間の女性たちの尊厳を救えるのは、あんたたちの『熟練の手』だけ! 」
『おべべ』ってとリュンヌは聞きたかったが、ルナの剣幕に圧倒されて聞けない。
「さあ、練る! 叩く! 塗り込む! 勇者様の顔を思い浮かべていいから、その熱量を全部この布にぶつけてよ!」
「……ルナ、……煽り、上手い。……おばちゃん、……急に、……やる気」
「あら、そうねえ。勇者様に捧げるつもりでやれば、最高の品ができるかもしれないわね。……よし、やるよ、あんたたち!」
「そうさね。勇者様に会えるかもさ」
おばちゃん達、単なるミーハーである。
「……現金な。……でも、作業、始まった」
リュンヌは安堵の溜息をつき、おばちゃんたちが急激なスピードで練り始めた蜜蝋の香りを吸い込んだ。
吟遊詩人の歌う英雄との対面よりも、今目の前にある「絶対に漏らさない布」の完成を期待して。
教会の物干し場前に、ようやく「仕事の音」が響き始めた。
呑気なおばちゃんが
「雨具作るんだよね。ルナちゃん。ならいいもん持って来たよ」
と言い出す。
別のおばちゃんが、
「松ヤニだねえ。うち、なかったんだよ、ちょうどいいさ」
と同調しだす。
勝手に製品がかわりそうになってリュンヌは焦る。




