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絶対防御崩壊······

数日後、返信は驚くほど早く、そして重々しい封蝋と共に届けられた。

ルナが震える手で封を切り、その内容を読み上げる。


「……『「肌が濡れる不快感など、立ち上がって動けばそのうち苔が吸い取りますわ。そんなものは我慢すれば済むこと』


ルナは食い入るように読み進めつつ、リュンヌにもわかる様に音読する。


『けれど、万が一にも服に染み出せば、それは社交界における『死』を意味します』


そこには庶民では想像もつかない『死の定義』があった。


『護衛さん、銭導士。私が求めているのは、何があっても外に漏らさない『鉄壁の防壁バリア』よ」……ですって」


「……優先順位、逆転。……服、……絶対、汚さない。……最優先」


リュンヌは、ルナが読み上げた手紙の「真意」を聞き、深いため息をついた。


領主夫人の言葉は、自分達の推測を鮮やかに裏切る、冷徹なまでの「社会的コスト」の計算だった。


「っ。そう来たか! 効率的な解決策ソリューションだわ」


ルナはブツブツと意見を口走る。


「身体側の不快感を『我慢コストゼロ』で処理して、全リソースを外側の『絶対防御』に振れというわけね」


ルナは一瞬の動揺を抑え、すぐにその「合理性」に食らいついた。彼女の瞳の中の算盤が、猛烈な勢いで弾かれ始める。


「……ルナ。……決まった。……一番外側の『漏れなし』。……ここ、完璧」


「ええ! 水苔の吸水力を信じて、外側を完全に封鎖シャットダウンするわよ」


ルナの口から呪文が発せられる。どうやら対処できそうと内心ホッとする。


「リュンヌ、あんたが言ってた油布オイルクロス……あれじゃまだ甘いわ」


ルナは出てきたイメージを口にする。


「もっと薄くて、もっと強靭で、そして何より、一滴の湿気も通さない『盾』が必要よ!」


リュンヌは、自分の革鎧をそっと撫でた。 雨の中で獲物を待つ時、どうすれば水が染み込まないか。


どうすれば大切な中身を守れるか。孤独だったあの頃、彼女が必死に考えていたのは「快適さ」ではなく「生存のための防護」だった。


「……油。……蜜蝋。……あと、……薄く剥いだ、羊の皮。……試す。……一滴も、……通さない」


「いいわ、その意気よ! 副光主様だって、服を汚して権威を失墜させるわけにはいかないものね」


そして珍しくまともな事を言った。


「私たちは、女性たちの『尊厳』を、ふかふかの苔と、鉄壁の防水層で守り抜くのよ!」


そして、ルナはこれなら、特殊な製法でもないし成功すればあそこに製法を横流し出来るなどとほざき出す。


「……ルナ。……捕らぬ、……狼の皮算用、……すぎ。……まだ、試してない」


リュンヌは呆れを通り越し、もはや無表情に近い顔でルナを見つめた。


目の前の銀髪神官は、まだ設計図すら完成していない段階で、すでに「利権の譲渡」という雲の上の商談を頭の中で繰り広げている。


「……想像、豊か。……漏れない、……それ、先。」

「なによ! 将来のビジョン(ロードマップ)を描けない人間に、大きな仕事はできないのよ! 」


金儲けが将来のビジョンと同じだろうとリュンヌは誤解した。


「特殊な魔法も超技術も使わずに『絶対防御』を実現する。これこそが、量産とライセンスビジネスのキーなんだから!」


ルナは拳を握り、鼻息も荒く熱弁を振るう。彼女の頭の中では、すでに副光主から金貨の詰まった袋を受け取る自分の姿が完成しているらしい。


「……想像、……お腹、膨れない。……失敗、……副光主様、激怒。……私たち、消される」


「……っ。そ、その時はその時よ! だからこそ、あんたのその『冒険者の勘』が頼りなの」


急にルナは不安気になる。死にたくはないらしい。


「ねえ、羊の革の極限まで薄いってどのぐらい? 領主夫人様が『服に響く』なんて言い出したら、それこそ死活問題なんだから」


「……注文、多い。……でも、薄い、大事.。……羊の皮、……薄く、……削ぐ。紙みたい」


リュンヌはナイフを取り出し、実験用に用意した薄い革の端を慎重に削り始めた。


ルナの「強欲な未来図」は確かに呆れるものだが、その高い要求が、リュンヌの中に眠る「冒険者の意地」に火をつけているのも事実だった。


「……ルナ。静かに……集中、……切れる。……副光主様、……消されたい?」


「……は、はい。黙って思考に専念するわ」


リュンヌの鋭い視線に、流石のルナも口を噤んだ。

静まり返った部屋に、シュッ、シュッという革を削ぐ音だけが響いていた。


しかし、羊の革は失敗だった。水で実験したが一定以上体重をかけると革から滲み出してきたのだ。


あと想定よりも遥かにごわつく。「むー」またやルナは無言モードだ。


「……羊、だめ。……じわじわ、漏れる。……あと、……これ、……鎧の裏地。……ゴワゴワ、……座れない」


リュンヌは、机の上に広げた「失敗作」を指先で突いた。


実験用の水が、体重を模した圧力を受けた瞬間、革の表面にじわりと汗のように滲み出している。


領主夫人が恐れていた「社交界での死」が、この革の向こう側に透けて見えていた。


「……ルナ。……また、石像。……今度は、長い」


ルナは、崩れた設計図の前で魂が抜けたように黙り込んでいる。


羊の皮を薄く削ぐという、リュンヌの技術をもってしても突破できなかった「物理の壁」。


「……革は、皮(皮膚)。……毛穴、……ある。……力、かかる、……漏れる。……当たり前」


リュンヌは孤独だった頃、革靴が雨で中までびしょ濡れになった時の感覚を思い出した。


革は丈夫だが、完璧な防水ではない。ましてや「薄さ」を求めて削いでしまえば、その防御力はさらに落ちる。


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