「嵐」の呼び出し
2週間後、二人は第二夫人に呼び出されていた。屋敷に着くや否や、客間に通された二人の前に上気した顔の第二夫人が現れた。
「あの品はまだあるかしら?」
短刀直入に第二夫人は言葉を投げてきた。
「いかがなさいました?」
ルナはわざと質問に質問で返す。
「領主様の奥様がいたく気に入られて、それと直接希望を伝えたいので職人を連れて来てほしいとおっしゃられているの」
リュンヌは腰を抜かしそうになる。
「……直接、希望。……領主夫人。……急すぎ」
リュンヌは膝の震えを悟られないよう、必死に石突を床について体を支えた。
隣に立つルナを見れば、流石に一瞬だけ目を見開いたものの、すぐさま『想定の範囲内です』と言わんばかりの冷静な仮面を貼り直している。
「……ルナ、……『さらに上』。……届くの、早すぎ」
「……っ、まあ、領主夫人様のお耳に届くとは、光栄の至りでございますわ」
ルナの声は落ち着いていたが、その背筋が微かに強張っているのをリュンヌは見逃さなかった。
第二夫人の「上気した顔」は、単なる喜びではない。
地域の最高権力者の妻から「その職人を連れてこい」と命じられたことへの興奮と、少しの焦燥が混ざっている。
「……直接、希望。……まさか、……もっと、難しいの、……来る?」
リュンヌの脳裏には、より高価な絹、より複雑な刺繍、あるいは「黄金の針で縫え」といった貴族特有の過剰な要求がよぎった。
だが、ルナの瞳はすでに「領主館への入館パス」を手に入れたという、銭ゲバとしての極限の熱量を帯びている。
「承知いたしました。私と、この腕利きの職人・リュンヌがお供いたしますわ。ね、リュンヌ?」
「……腕利き。……職人?……急に、むちゃくちゃ。……でも、行く。……ルナの、盾だから」
リュンヌは短く頷き、決意を固めた。
宿の部屋で水苔を茹で、ガニ股で牧場を歩き回っていた少女たちが、今、この街の頂点に会うと言う立場へと踏み出そうとしている。
「……領主夫人。……敵か、味方か。……ふかふかの、価値、……試される」
翌々日、ルナは神官服、リュンヌはいつものナギナタに着古した革鎧だが、いつもより鎧を入念に磨きまくったうえで装備した。
そして、第二夫人夫妻の貴族としては簡素な馬車の車中の人となった。
リュンヌは戸惑いと緊張を隠せない。膝が笑っている。救いは第二夫人夫妻に情報による領主夫妻は『真っ当な人』だと言う事ぐらいだ。
「……膝、……勝手に、踊る。……ナギナタ、杖代わり」
リュンヌは小刻みに震える膝を隠すように、磨き上げたナギナタの柄を強く握りしめた。
車窓を流れる街並みが、いつもより遠く、よそよそしく見える。馬車の揺れに合わせて、胸の奥の鼓動までが不規則なリズムを刻んでいた。
「……ルナ。……私、心臓、うるさい。……隣に、……聞こえる?」
「落ち着きなさい、リュンヌ。あんたの鎧、磨きすぎで眩しいぐらいだわ」
ルナはリュンヌを気遣ったのか、つまらない軽口を叩く。
「いい? 私たちは『救済の品』を届ける聖職者とその守護者なのよ。堂々としてなさい」
ルナは澄ました顔で神官服の裾を整えているが、その指先もまた、膝の上で僅かに動いているのをリュンヌは見逃さなかった。
「……ルナも、強がり。……お揃い。……でも、……『真っ当』な、……領主様。信じる」
「ええ。真っ当だからこそ、この品の本質を見抜いてくださったのよ」
ルナは声を励まして自分も鼓舞するように言う。
「私たちの仕事は、それを『確信』に変えるだけ。リュンヌ、あんたのその磨き抜いた革鎧は、今日一番の礼装よ。自信を持ちなさい」
リュンヌは短く「……ん」と答え、視線を前方に向けた。
馬車はやがて、街を見下ろす高台に建つ領主館の重厚な門をくぐった。
「……到着。……ここが、入口。……行くよ、ルナ」
「行きましょう。世界の『不快』を、ここから塗り替えるわよ」
馬車の扉が開かれた瞬間、リュンヌは一歩、地を踏みしめた。
ふかふかの安心が自分を守ってくれる。その確信だけを盾に、少女たちは人生の分岐点となる大広間へと足を踏み入れた。
領主となると、リュンヌやルナからすれば王侯と現状ではかわらない。
「……丸腰、最悪。……腕が、軽い。……不安」
リュンヌは、入口で預けさせられた相棒の不在を、空いた両手の所在なさで痛感していた。
今は献上した「ひょうたん型」のふかふかした感触の記憶だけが、唯一の希望として彼女を支えている。
「……ルナ。……扉、開く。……来る」
「わかってるわ。背筋を伸ばしなさい、リュンヌ。あんたのその指先が、この『奇跡』を縫い上げたのよ」
ひそひそ声でささやきあう。
「礼法は私に合わせればいいから」
ルナの声も、いつもの不敵な響きより僅かに硬い。
重厚な扉がゆっくりと、けれど一切の音を立てずに開かれた。




