権力者へのごますり指南
翌日、ルナとリュンヌは3種類の大きさの試作品を合計で12個作る。
そして、翌々日にルナはリュンヌを伴い第二夫人の元を訪れた。
託児所の一件で、この地域の名代である第二夫人夫妻は徳を積んだ者と見なされ、この地域を治める領主夫妻に気に入られている。
ルナはそのカードを切る事にしたのだ。
第二夫人と三人になった瞬間にルナはうやうやしく「ふかふかの安心」を取り出した。
第二夫人が不思議そうに「ふかふかの安心」を見つめる。
「……これ、……最新の、救済。……ルナの、最高傑作」
リュンヌは背後で控言を添えながら、布の仕上がりを領主夫妻に繋がる「カード」として提示するルナの横顔を盗み見た。
託児所での強固となった縁を、単なる慈善で終わらせず、政治的な後ろ盾に変える。
相棒のその恐ろしいまでの「商才」には、もはや感心を通り越して畏怖すら覚える。
「……奥様。……触って。驚くはず」
リュンヌは内心で囁く。
ルナが「聖女の微笑み」を湛えながら布を差し出すと、第二夫人は最初、当惑したようにその白い塊を手に取った。
だが、指先がひょうたん型の曲線に触れ、中身の水苔がもたらす弾力と、表面を覆う厳選された絹の滑らかさを感じた瞬間、瞳の色が変わった。
「まあ……なんて心地よい感触。これが、例の教会の『健康相談』から生まれたものなのですか?」
懺悔相談が健康相談になっているが、この際どうでもいいとルナは開き直る。
「ええ。女性が月に一度、心身を削られるあの『停滞期』を、慈愛で包み込むための発明ですわ」
ルナは説明を始めつつも、第二夫人の一番柔らかいところをつつきに入る。権力者へのゴマすりにどうぞと。
「これを、まずは領主夫人へ献上したいと考えておりますの」
献上相手まで示唆してみせ、更に一言添える。
「不肖ながら私とリュンヌが、身を挺してその安全性は証明済みでございます。」
ルナは一分の隙もない礼儀正しさで、けれど確実に「これは独占的な特権です。」というニュアンスを込めて囁いた。
リュンヌは夫人の表情が「好奇心」から「切実な欲求」へと変わっていくのがはっきりと見えた。
貴族も冒険者も、同じ身体を持つ女性だ。
この「ふかふかの安心」が一度その価値を知られれば、ギルドがどう吠えようと、権力の守護がルナを包み込むことになる。
「……ギルド、……包囲網。完成間近。……あとは、……夫人の、人事。」
静まり返った部屋の中で、夫人がその布をそっと胸元に抱き寄せるのを見て、リュンヌは相棒の「勝利」を確信した。
ルナは
「非常に失礼ながら私どもだけでは、その使い心地等が……」
と言い淀む。
無論、計算のうえだ。だが、女性である第二夫人は試作品であってもその価値を理解したようだ。
「分かりましたわ。私も試して感想を必ずお伝え致します。ただし、お約束してほしい事が……」
第二夫人がもったいぶる。ルナが「
もちろん他の方にはお譲りしておりません。」と答えると第二夫人は満足気に頷いてみせた。
「……独占欲。……貴族の、……本能。……ルナ、……術中に、……嵌めた。」
リュンヌは、第二夫人の瞳に宿った「特権意識」という名の火を静かに見つめた。
ルナが「言い淀む」ふりをした瞬間、この交渉の主導権は完全に相棒の手に渡っていたのだ。
「……お約束。……私、……証人。……誰にも、渡さない。……今は、奥様だけ。」
「あら、リュンヌさんは頼もしいですこと。ええ、この『贈り物』の価値は、私たちが一番よく理解すべきですものね。」
夫人は満足げに微笑み、まるで宝石でも扱うように白い布を指先で慈しんだ。
その光景は、数日前まで自分たちが宿の汚い鍋で水苔を茹でていた光景とはあまりにかけ離れている。
「……ルナ。……作戦、成功。……ギルドの、……手、……届かない、高い場所。登った。」
部屋を出た後、宿への帰り道でリュンヌは小さく呟いた。
これで、冒険者ギルドがどれだけ不機嫌になろうとも、領主夫妻に繋がる「第二夫人」という後ろ盾が彼女たちを守る防波堤になる。
そんなリュンヌにルナは、
「あれはね、出どころは自分が知っているというのを売りにして、更に上に献上品として持っていくつもりの顔よ。」
と涼しい顔で言う。
リュンヌは更に上と言われてもあまりピンと来なかったし、ルナもそう言いつつその反響を甘く見ていた節がその時はあった。
「……さらに、上。……領主夫人より、高い場所……。空の上、くらいしか、……知らない」
リュンヌは小首を傾げ、相棒の不敵な横顔を見つめた。
第二夫人が「独占」を望んだのは、それが自分を輝かせるための武器になるからだ。
ルナはそれを見越し、あえて「出どころ」という情報だけを握らせた。
そして、第二夫人のみがそれを知る「最高級の献上品」を持たせて、社交界の階段を駆け上がらせようとしている。
「……ルナ、悪い顔。……夫人は、運ぶ人。……本当の、……狙い、どこ?」
「あら、そんなの決まっているじゃない。流行は常に『上』から『下』へ流れるものよ。」
ルナは機嫌がいい。
「一番高い場所にいる人の心を掴めば、あとは勝手に需要が溢れ出して、私たちの元に金貨の雨を降らせてくれるわ。」
ルナは涼しい顔で言い切ったが、二人とも「雨」が、時として「嵐」になることまでは想像がつかなかった。h




