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仔馬からひょうたん

翌日、リュンヌの心配はあたった。


「……ルナ。……これ、無理。……歩き方、アヒル」


牧場の柵に掴まりながら、リュンヌは己の股関節の「異物感」に顔をしかめた。


ルナが効率重視で設計した「ほぼ正方形」の吸水体は、太ももの内側で容赦なく自己主張を繰り返し、彼女の歩行を強制的にガニ股へ変貌させている。


「……正方形、……作る、楽。……股、合わない」


リュンヌは草原に座り込み、自らの脚のラインを指でなぞた。


孤独だった頃、破れた服を継ぎ接ぎして凌いでいた感覚が、ふと指先に蘇る。あの時はただ「覆えればいい」と思っていた。けれど今は違う。


「……細長く。……ひょうたん、みたいな。……曲線。……それなら、……閉じても、痛くない」


頭の中で、白い布が形を変えていく。四角い「効率」を削り、身体の「曲線」に寄り添わせる。


それは加工の手間コストを増やすことだが、同時に「一体感」を劇的に跳ね上げるはずだ。


「……考える、……楽しい。一人、忘れる。……ルナ……おかげ」


これまでは、ただ生きるために、壊れたものを直すだけだった。


しかし今は、未来の「快適」を自分たちの手で作り出している。


リュンヌは、ガニ股のまま不器用なステップを刻み、ついには小さく笑い声を上げた。


「……待ってて、……ルナ。……『ひょうたん型』、提案」


牧場を渡る風が、少しだけ誇らしげなリュンヌの頬を撫でる。


夕暮れ時、宿で待つ相棒にこの「世紀の発見」を突きつけるのが、今は楽しみで仕方がなかった。


ルナは「うううっ」と唸っていた。


『ルナ様、お御足の調子が悪いのですか?』と信者に言われ極大のダメージを受けたのだ。


「……ルナ、……お疲れ様。……神官の、ガニ股。……みんな、びっくり」


帰って来たリュンヌは部屋に入るなり、ベッドに突っ伏して震えている銀色の塊――もとい、ダメージを負っている銭ゲバ神官に声をかけた。


「……言わないで。……『歩き方が、生まれたての、仔馬のようですね』って、涙目で、言われたわよ。カノッサの屈辱コストよ」


ルナは顔を上げると、碧眼の瞳に恨めしげな光を宿した。


「……カノッサ……食べれる?...四角……簡単、……優先。……股、喧嘩。……歩幅、おかしくなる」


リュンヌは、牧場で見出した「解」を伝えるべく、手近な紙に指で曲線を描いた。


「……ルナ。……ここ。……幅、狭く。……長さ、出す。……ひょうたん、……みたいな.。……あと、……大・中・小。3つの、……大きさ。」


「ひょうたん? いいえ、人体工学エルゴノミクスに基づく『流線型』ね。リュンヌ、あんた、もしかして、天才?」


ルナはバネが跳ねるように起き上がり、リュンヌの描いた曲線に食い入るように見入った。


「……天才、……じゃない。……ただ、……寂しかった時、……服、直した事。……身体に、……こんな形合うの、知ってる」


「そうね。加工効率は落ちるけど、『歩きやすさ』は高価格帯ハイエンドの絶対条件だわ」


ハイエンドでなくとも歩くのは重要であるが、至極当然の事項のようにルナは言い放った.。


「よし、三段構え(トリプルラインナップ)よ!S・M・L、全サイズ、型紙パターン引き直すわ!」


ルナの瞳に、再び「銭ゲバ聖女」の計算高い光が戻る。


リュンヌは、相棒が元気になったことに安堵しつつ、自分のアイデアが形になる高揚感に、小さく胸を弾ませた。


「……明日。製作。……私、切る。……ルナ、縫う?」


「くっ.。……縫製は、あんたに、一任アウトソーシングするわ。私は、マーケティングに、専念するから!」


「……はいはい。……ポンコツ、隠す。……わかった。」


二人の夜は、まだ始まったばかりだ。


窓の外、街の灯りが一つ、また一つと消えていく中で、彼女たちの「究極の曲線」は、静かに、けれど熱く研ぎ澄まされていった。


翌日の作業でリュンヌは、正方形の試作品を使って新作を作り直すことにした。


「……バラして、作り直し。……ひょうたん、……曲がり、命」


リュンヌは慣れた手つきで昨日の「四角い失敗作」を解体し、ルナが新たに引き直した流線型の型紙に合わせて布を裁ち直していく。


かつて一人、薄暗い部屋で自分の服を繕っていた時の静かな時間が、今はルナという相棒の視線の中で温かいものに変わっていた。


「……ルナ。……見すぎ。……手元、狂う」


「だって、あんたの針運び、迷いがないわね」


ルナは食い入って見つめている。


「計算上の数値ロジックを、あんたの指先が魔法みたいに現実プロダクトに落とし込んでいく。これこそ『製造ラインの最適化』だわ」


ルナは珍しく毒舌を封印し、碧眼の瞳をキラキラと輝かせてリュンヌの指先を追っている。


その純粋な感心の眼差しに、リュンヌは耳の付け根が熱くなるのを感じた。


「……こそばゆい。……ただの、内職。……でも、……これなら。……明日、仔馬、……卒業」


「ええ! この曲線なら、大腿内転筋への干渉を最小限に抑えられるはずよ」


リュンヌの言葉にルナは同意の意をもらす。


「リュンヌ、あんたの『生活の知恵』、金貨に換算したらいくらになるかしらね?」


「……お金、……言わない。……ただ、歩きたい。普通に」


リュンヌは照れ隠しに少しだけ速度を上げ、三つのサイズ――S・M・Lのプロトタイプを鮮やかに縫い上げた。


窓から差し込む夕日は、昨日までの「ガニ股の屈辱」を焼き払い、新しく生まれ変わった「白い曲線」を誇らしげに照らしている。


「……完成。試作2号。……ひょうたん、三姉妹」


「最高よ! 明日こそ、私たちは『生まれたての仔馬』から『優雅な白鳥』に進化するのよ!」


「……白鳥。……望み、高い。……でも、期待」


リュンヌは、ふんわりとした仕上がりを確認し、相棒と顔を見合わせて小さく笑った。


明日の検証は、きっと昨日とは違う景色が見えるはずだ。


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