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被験体1号再び?

3日ほどすると水苔は乾燥してバサバサになった。リュンヌは宿の親父に妙な顔をされつつそれを部屋に運び込んだ。


ルナはその日から、教会から帰ると、浅い同じ皿に水を入れ、ちぎったり、切ったり、たたいてみた水苔を並べては水の減り具合を確認している


「……ルナ、……実験、……熱心。……水苔、可哀想」


リュンヌは、皿の上に無残に刻まれた水苔の山を眺め、そっと呟いた。


部屋には乾いた草の匂いが充満し、宿の親父が不審がるのも無理はない。


「可哀想なのは、あんたのQOLよ、リュンヌ。見て、この『粉砕レベル3』の吸水速度。毛根じゃなくて毛細管現象が劇的に改善されてるわ!」


ルナは羽ペンを走らせ、奇怪な数式で埋め尽くされたノートに目を輝かせる。


「……毛細、……げんしょう。……呪文、増えた。……でも、……水、確かに、消えてる」


「これをね、肌当たりのいい極薄の布で包んでレイヤーにするの。」


ルナはドヤ顔だ。


「これこそが、富裕層が喉から手が出るほど欲しがる『清潔という名の免罪符』になるのよ!」


「……免罪符。……それ、……教会、だめなやつ」


リュンヌは呆れつつも、ルナが真剣に「水と苔の相関図」を解読する横顔をじっと見守った。


相棒の異常な執念が、あの忌々しい汚れと不快感を過去のものに変えようとしている。


「……期待、……いい?……次の、低成長期」


「期待しなさい。あんたの身体を張った『実証実験テスト』が、この事業の成否を分けるんだから!」


リュンヌはルナの「クソマズ粉末」の時の「被験体1号発言」を思い出す。


「……被験体、……1号。……あの時も、……色々、飲まされた」


リュンヌは、口内に蘇る「リンゴの皮の渋み」と「ハーブの苦み」の混濁した記憶に顔をしかめた。


だが、皿の上の水苔を凝視するルナの執念は、あの時と全く同じだ。


「……ルナ、……手抜き、大嫌い。……毒味、厳しいけど、……信じる」


彼女にとっての「効率」とは、妥協を排した先にしかないのだ。


リュンヌは、バサバサになった水苔の感触を指先で確かめ、相棒の異常な「完璧主義」が、自分をあの脂汗地獄から救出したことを思い出した。


「……その、……布。……チクチク、しないの、いい」


「当然よ! シルクの端切れを買い叩いてきたわ。最高の肌触りと吸水性の『黄金比マリアージュ』を見せてあげる!」


「……買い叩く。……ルナ、……いつも通り。期待、してる」


リュンヌは、次にくる「試作1号」の装着という名の任務に備え、静かに覚悟を決めていた。


そんなリュンヌを他所にルナは続けて首をひねる。


「たたいてほぐすのが一番水を吸うのはわかったわ。でも、まだ汚れが出るわね。身体に触れるものだからここはきちんとしないと」


「……泥。……まだ、残ってる。……ルナ確認、厳しい」


リュンヌは皿の底に沈んだ淀みを覗き込み、眉を寄せた。


おばちゃんたちとあれほど念入りに洗ったはずなのに、ルナの「執念」という名の検証は、隠れた不純物を容赦なく暴き出していく。


「……肌、触れる。……傷、腫れる、……危ない」


「その通りよ。不衛生な『贅沢品』なんて、ただの欠陥商品ジャンクだわ」


ルナは寝ぼけるなと言わんばかりだ。


「リュンヌ、これじゃ『聖女の吐息』どころか『魔女の毒薬』になっちゃうじゃない!」


ルナは忌々しげに羽ペンを置くと、バサバサの水苔をピンセットで突っついた。


「……洗う、……足りない。……もっと、大きな、『洗い』、……必要」


「ええ。物理的な洗浄だけじゃ限界ね。煮沸を組み込むわ。……リュンヌ、悪いけど明日また物干し場の仕事、『追加発注』よ」


「……また、……洗濯。……私の、……腕、悲鳴。……でも、やる」


リュンヌは重い腕をさすりながら、相棒の完璧主義がもたらす「妥協のない品質」に、わずかな安心感を覚えていた。


「そうじゃなくて、茹でるのよこれを、で出てきた灰汁を捨てるの。泥や砂も一緒に煮出せるはずよ」


とルナは言う。


「……茹でる。……水苔を。……料理じゃなしに」


リュンヌは目を丸くし、相棒が指差す鍋を見つめた。泥や砂を「煮出す」という発想は、冒険者の研磨や洗濯の常識にはない。


「……ルナ、……物知り。……どこで、……聞いた?」


「何でかしら。……浮かんでくるのよね、勝手に。私の前世、もしかして製造業のコンサルタントだったのかしら?」


ルナも首を傾げ、自身の脳内に湧き出る「謎の知識」に戸惑っている。だが、その手つきは迷いなく、宿の炊事場で水苔を鍋に投入し始めた。


「……ルナも、……謎。……でも、……信じる。……毒味、同じ、熱量。」


リュンヌは薪をくべ、火力を強めた。


鍋の中で踊る水苔から、茶色い不純物がじわりと滲み出し、宿の炊事場に独特の磯のような、土のような香りが立ち込める。


「……灰汁、……出た。……これ、……綺麗になる、多分。」


相棒の正体不明な直感に、リュンヌは今日もまた、得体の知れない期待と面倒くささの削減を予感していた。


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