リュンヌ、管理職になる
「あら、もうこんなに溜まったわ。リュンヌちゃん、これ今日のうちに洗っちゃいましょうよ!」
おばちゃんたちの威勢のいい提案に、リュンヌは目を丸くした。
「……今日。想定外。……でも、……納期早く。……ルナ、……喜ぶ」
本来は後日の予定だったが、彼女たちの「やる気」という名の天然資源は、一度火がつくと止められない。
「……わかった。……帰ったら……私、水汲み、……手伝う。……みんな、……腰、気をつけて」
おばちゃん達とリュンヌは街に戻ると枯れ葉や水苔についた虫などを丁寧に洗って落としていく。
おばちゃんの一人が
「変なものを洗うわね。そのまま干せばいいのに」
と豪快に笑う。
リュンヌは目的を言っていいのかどうか悩む。
が、おばちゃん達は「どうせルナちゃんが言ってんだろうよ。」と勝手に納得して作業を進めていた。
「洗う、……大事。……肌、……触れる」
リュンヌは小声で補足したが、おばちゃんたちの耳には届かない。
彼女たちの手元では、泥にまみれた水苔が清らかな水で洗われ、本来の瑞々しい緑をわずかに取り戻していく。
「本当、ルナちゃんの考えることは風変わりだねぇ。でも、あの子が動くときは必ず『何か』が起きるから、あたしたちも楽しみなんだよ!」
豪快に笑いながら、おばちゃんたちは「洗浄」という単調な作業を、まるでお祭りの準備のように楽しんでいる。
「……信頼、厚い。……ルナ、……愛されてる。……少し、不思議」
リュンヌは冷たい水に手を浸しながら、相棒の不思議な求心力に感心していた。
本来なら不審がられるはずの奇妙な作業も、ルナという「ブランド」が介在するだけで、活気ある「事業」へと変貌する。
「……よし。……次、……しぼる。……丁寧」
おばちゃんたちの明るさに感化されたのか、リュンヌの心からも「面倒」という二文字が消え、新しい試みへの期待が静かに膨らみつつあった。
「……ふぅ。……目標、……達成。……思ってたより……、大変」
リュンヌは物干し場に広がる緑の絨毯を眺め、腰を叩いた。
おばちゃんたちの笑い声が遠ざかり、代わりに勝手に増やした「銅貨3枚」という予定外の支出が脳内で弾かれる。
「……3枚。……ルナ、……怒る?……でも、時間、……買ったはず」
夕風に揺れる水苔は、まだ湿った土の匂いを残している。これが乾けば、不快な『あの時期』を快適に変える『聖女の贅沢品』になるはずだ。
「……ルナ。……洗った。……干した。……あとは、……任せた」
夕闇に溶けゆく教会の静寂の中、リュンヌは自身の疲れと汚れを思い出し、早く宿の風呂へ『洗浄』しに行きたいと切に願った。
宿の部屋に戻るとルナは真新しい部屋着を着てベッドの上でダレていた。
今日も懺悔相談がただの「健康相談」と「経営相談もどき」ばっかりで本筋の懺悔は全くなかったらしい。
そもそも、ルナの相談を受けに来ている時点で懺悔とはほど遠いとリュンヌは思う
「……懺悔、なし。当然。……みんな、ルナの、……知恵……目当て。」
リュンヌは呆れ顔で、ベッドに沈み込む銀髪を眺めた。真新しい部屋着は、おそらく以前の『コンサル料』で新調したものだろう。
聖職者とは思えぬほど、その姿には現世の欲望が快適な形で馴染んでいる。
「……ルナに、……罪悪感、……似合う無理」
神への許しを請う場を、経営戦略会議に変質させた元凶は間違いなくこの相棒だ。
リュンヌは、そんな「強欲な聖女」に呆れつつも、今日一日で手に入れた「銅貨3枚分の進捗」と、教会の物干し場に広がる緑の絨毯を思う。
「……ルナ。……寝てる、場合じゃない。……材料、……準備完了。」
リュンヌはルナに今日一日で採取から水洗いまでおばちゃん達が張り切って行った事を説明し報酬を銅貨2枚から3枚に独断で上げた事を告げた。
「……勝手、1枚……追加。……ルナ、怒る?」
恐る恐る告げたリュンヌに対し、ルナは意外にも機嫌よさげに鼻を鳴らした。
「いいえ、むしろ『適正価格』への修正ね。現場の士気を買って納期を縮めたなら、それは立派な投資だわ。」
ルナは懐から銅貨を10枚、テーブルにチャリンと並べてリュンヌへ押し戻した。
「……えっ、多い。……3枚、……払ったの9枚。」
「お釣りはあんたの『管理職手当』よ。人を使って成果を出す喜びを知った報酬、受け取りなさい。それと……。」
ルナは不敵に微笑み、リュンヌの頭を乱暴に撫で回す。
「あんたのその『独断』のおかげで、明日から量産体制のシミュレーションに入れるわ。」
ルナはふざけて軽くリュンヌにハグした。
「さすがは私のボディーガード、コスト意識が芽生えてきたじゃない!」
「……褒められ方、変。……でも、……悪い気、しない。」
リュンヌは10枚の硬貨を握りしめ、少しだけ誇らしげに、けれど相変わらずの「ルナ節」に苦笑いを浮かべた。




