冷徹な救済の計画
「あの薬を考えてみなさいよ。あれだって値段が大分と落ち着いてきたでしょ」
リュンヌは「クソマズ粉末」が味が増えるとともに値段も下がって来た事を思い出す。
「……確かに。……美味しいやつ……最初、金貨、。……今、銅貨」
リュンヌは、ベリー味を思い出すかのように、小さく頷いた。
「最初は一部の富裕層に高く売りつけて、研究開発費(R&D)を回収したのよ」
また意味の分からない呪文をルナがいうとリュンヌはジト目になる。
「今は量産効果でコストダウン。……この水苔も同じルートに乗せるわ」
ルナは不敵に笑い、羽ペンで怪しげな図解を書き殴り始めた。
「……富裕層。……また、……難しい言葉。……でも、……みんなに、届くなら、いい」
リュンヌは諦めたように溜息をつき、洗濯板から手を離した。
相棒の「強欲」の裏側には、いつも冷徹なまでの「救済の計算」が隠されているとリュンヌは勝手に信じている。
「……じゃあ、……試作。作る。……布、……もっと、……柔らかいの、用意」
「話が早くて助かるわ! さあ、新商品『聖女の吐息(仮)』のプロジェクト始動よ!」
「……名前、……恥ずかしい。……ダメ。絶対」
リュンヌは頬を赤らめながらも、未来の「快適な低成長期」のために、ルナの強引なペースに身を任せることにした。
「まずは水苔の確保と衛生面での加工よね。これだけで手間がかかるのが理解出来るかしら?リュンヌ」
「……洗う。……乾かす。……手間、山盛り」
リュンヌは、小さなテーブルの上に置かれた水苔をまじまじと見つめ、小さく肩を落とした。
湿地に生えていたままでは、泥も虫も付いている。肌に直接触れるものとして使うには、ルナの言う通り『加工』という高い壁が立ちはだかる。
「……おばちゃん達、……洗うの、……大変。……私、やる? ……無理、死ぬ」
たった一人の洗濯ですら音を上げそうになった自分には、到底不可能な工程だ。
ルナの指摘する「加工効率の悪さ」が、冷たい現実となってリュンヌの胸に重くのしかかる。
「……手間、……大変、人増える。……ルナの、呪文。……今、……理解」
翌日、リュンヌはルナに貼り紙を書いてもらう。
「水苔採取募集から水洗い3名、採取の警護はリュンヌがします。報酬銅貨1日2枚。参加される方は3日後の朝4つ目の鐘の時に広場まで」
そして、託児所の掲示板に貼る。
「……よし、貼った。……間違い……なし」
リュンヌは、ルナの達筆な「事業計画(求人票)」が貼られた掲示板を、満足げに一撫でした。
「銅貨2枚……。……おばちゃん達、……絶対、来る。……奪い合い、心配」
託児所の広場は、朝から生活の熱気に満ちている。
掲示を見るなり、顔見知りの利用者たちが「あら、リュンヌちゃんの依頼?」と色めき立つのを感じ、彼女は少しだけ誇らしくなった。
「……三日後。……水仕事、冷たい。……みんなで、……やる、早い。」
採取の警護は、自分一人の責任だ。だが、ルナの言う『加工効率』の第一歩は、この信頼できる『ご近所ネットワーク』から始まる。
「……待ってて、……ルナ。……『材料』、……大盛り、持ってくる」
薙刀の石突をコツンと地面に響かせ、リュンヌは決意を新たにした。
3日後、街の広場にはリュンヌと3人のおばちゃんの姿があった。
「リュンヌちゃんも大変ねえ。ルナちゃんにぶん回されて」
おばちゃんの一人が笑いながら言うと残りの二人のおばちゃんも合わせて豪快に笑う。
「……ぶん回されてる。……うそ、じゃない。……いつも、……めちゃくちゃ」
リュンヌは遠い目をしながら、ナギナタの柄を握り直した。
おばちゃんたちの屈託のない笑い声が、朝の広場に響き渡る。彼女たちにとって、ルナの強引さは一種の『元気な名物』のようなものらしい。
「でも、あの銀髪ちゃんのおかげで、この街も少しずつ『質』があがってきたわよねぇ。」
「……質、……ルナ、専門。……私、用心棒」
自嘲気味に呟きながらも、リュンヌの胸の奥には、信頼する相棒のために働ける小さな充足感もあった。
「……そろそろ、出発。……湿地、……オオカミは、出させない」
リュンヌは鋭い視線を森の境界へと向け、彼女は静かに歩き出した。
「そうそう、魔獣ってリュンヌちゃん、あんた会った事あるのかい?」
おばちゃんの一人が歩きながらリュンヌに聞く。
.「……魔獣。……遭遇、……ない。狼まで」
リュンヌは短く応じ、薙刀を肩に担ぎ直した。彼女の戦歴は、路地裏のゴロツキか、せいぜい家畜を襲う野良犬や狼止まりだ。
世界を脅かす異形など、ルナが語る『市場独占』と同じくらい現実味がない。
「だよねぇ。あたしたちも見たことないわよ。そんなの物語の中だけの話だわ」
おばちゃんがガハハと笑い飛ばす。その無防備な背中に、リュンヌはわずかな危うさを感じて目を細めた。
「……平和、一番。……でも、……油断、禁物」
水苔の群生する湿地まではあと少し。
呑気な笑い声が、敵を遠ざける魔除けになるか、あるいは招かれざる客を呼び寄せる呼び鈴になるか。
リュンヌは無言のまま、湿った風の匂いを慎重に探り続けたのだった。
が、当然ながら、魔獣なんて出るはずもない。
リュンヌは水苔採取に邪魔なスライムを、薬草摘みの時と同様にナギナタの刃に引っ掛けてはポイポイする羽目になった。
「……スライム、捨てる。……仕方ない。……場所確保」
リュンヌは淡々と、けれど正確な動きでゼリー状の生物を茂みへ放り投げた。
魔獣といういるのかいないのかも不確定な『高コストな脅威』が現れないのは幸いだが、作業内容はまるで農作業の合間の害虫駆除だ。




