地味な裏方に謙虚な代理人
「不適切な噂や、質の悪い求人というノイズを排除する、いわば聖域の守護とお考えください。」
彼女は一息つき、さらに声を落として、まるで秘密の福音を説くように続けた。
「そして、あの堆肥。....そう、世間が『不浄』と蔑む負債でございます。」
ルナはわざと声を少し震わせいかにも穢らわしいという態度を見せる。
「ですが、それを『神の恵み(高付加価値肥料)』へとベクトル変換させ、その売上という実利を教会の懐へと反射させる。」
なんか、どこかの超能力者の説明みたいになっているが本人は至って真剣だ。
「....これこそが、汚れを清めて価値に変える、真の救済であり教会そのものが直接関わるべき事だと思われませんこと?」
ルナの瞳は、目の前の権力者たちを「本体事業のみ運営者」という名の囲いに閉じ込めるべく、ギラリと、しかし優雅に輝いていた。
「託児所は、全てあとはお譲りします。」ルナは至極当然の顔だ。
第二夫人夫妻は顔を見合わせる。望外の提案だ。下級貴族の家に名誉と益をもたらすであろう施設が無料で降ってきたのだ。
「....ルナ、....太っ腹。....せっかく作った....城、....タダで....あげる?」
リュンヌは、驚愕に目を見開く夫妻の横で、相棒の真意を測りかねてナギナタの柄を指で叩く。
あの「損切り」と「利権」にうるさいルナが、手塩にかけた拠点をあっさりと手放すはずがない。
ルナは、聖女のような慈愛に満ちた微笑みを夫妻に向け、優雅に頭を下げた。
「ええ、運営の実務は全て、高潔なる貴家にお任せいたしますわ。」
お世辞というパッケージに本題を包んでルナの営業スマイルは更に輝く。
「これは、この地の信仰と秩序を守るための、私からの『無償の譲渡(事業承継)』ですもの。」
ルナは、貴族の最も好む言葉である『誇り』を連想させているのだ
彼女の瞳は、夫妻が「名誉」という名の甘い果実に酔いしれるのを、冷徹に観察している。
「ただ、先ほど申し上げた二点....『掲示板の管理、使用権』と『堆肥の製造販売益』、....」
ルナは重要事項として繰り返す。
「これだけは、教会へのささやかな『お布施』として、教会がこの事業に関わった証として管理させてください。」
夫妻達は些事をルナが繰り返す意味を掴みかねつつ、既に書類への署名準備に入っている。
「....運営という重荷を背負っていただく貴家への、教会からのせめてもの配慮です。」
ルナは、掲示板という「情報という仕掛け」と、堆肥という名の「現金の出口」だけを、自らの掌中に残したのだ。
「....ルナ、....怖い。....お肉....あげて、....骨と....内臓....全部....抜いた。」
リュンヌは、ルナが「もっとも大変そうなものを相手に押し付けたこと。
そして、「一番簡単で、お金を生みそうなもの」だけを確保した相棒の、あまりにも鮮やかな演劇に、戦慄を禁じ得なかった。
ルナは第二夫人夫妻に向かって、これ以上ないほど慈愛に満ちた、そして謙虚な聖女の微笑みを深める。
「現状の施設は、あくまで荒野に打たれた一石....最低限の『試作』に過ぎません。」
ルナは施設が粗削りだとまずは認めてみせた。
「ですが、高潔なる貴家がその慈悲の手を加え、美しく磨き上げていけば、この街の信仰の象徴となることでしょう。」
彼女の瞳は、夫妻のプライドという名の「追加投資欲」を巧みに着火させる伏線を敷く。
「壁を白く塗り、花を植え、内装を整える....。それは貴家の名誉を街に刻む行為ですわ。」
「名誉」や「義務」。哀しいことに真面目な貴族ほどこの言葉の呪縛が強いことをルナは聖職者として知っている。
「その神聖なる業務の『保守点検』として、掲示板と堆肥の管理という地味な裏方仕事(利権)を担わせていただく....。」
ルナは自分達はあくまで『裏方』だとしつこく強調する。
「それがお二方への、最大限の敬意です。」
業務分担を説明し終えたルナは、更にとどめの一撃を放つ。
「お困りごとがあれば、いつでもお呼びください。正当な対価(お布施)さえ頂ければ、私とリュンヌが....」
第二夫人夫妻の視線がリュンヌにも向く。リュンヌはもうどうでもいいと諦念する。
「貴家の『外部コンサルタント』として、迅速に、かつ冷徹に問題を解決してみせますわ。」
「高額な外注先」としての地位まで提案したのだ。
「....ルナ、....悪魔。....夫妻、....喜んで....罠に、....ハマった。」
リュンヌは、名誉という名の重荷を背負いながら、満面の笑みでルナと談笑する夫妻を見つめ、相棒の「完全勝利」を確信した。
第二夫人夫妻は喜んでルナの提案を呑んだ。掲示板に堆肥どちらも大したものとは彼らには思えないからだ。
ルナの狙いが管理に最もコストが低くタイパも低いものに絞っているとも気付かずに。
「....ルナ、....恐ろしい子。....夫妻、....『名誉』という名の....重り、....背負わされた。....ルナは、....身軽....財布だけ....とった。」
リュンヌは、上機嫌で追加の茶を勧める夫妻を冷ややかな目で見つめ、心の中で同情の念を禁じ得なかった。
ルナは、完璧に計算された「謙虚な代理人」の顔で、夫妻に深々と一礼する。
「寛大なるご決断、心より感謝いたしますわ。管理に手間のかかる運営業務は、騎士を輩出する名門たる貴家にこそ相応しいお仕事です。」
ペラペラと口数の多い自分だけでなく、寡黙なリュンヌも加える事で、ルナは言葉の信憑性の強度をあげる。
「私共のような小娘は、掲示板の整理や汚物の処理といった、『地味な裏方』に徹することで、貴家の威光を支えさせていただきます。」
ルナの瞳は、豪華な応接室の輝きなどよりも、掲示板という名の「小さな木板」がもたらすこれからへの期待に満ち溢れていた。




