安定稼働(フェーズ2)
ふと、洗濯担当の冒険者が「そういや臭さが減ってる。」と呟く。
皆は老人の事を気にしつつも、その言葉に我に返った。
「....おじさん、....鼻、....バカになった……?」
リュンヌは信じられないものを見る目で、洗濯桶を抱えた冒険者を凝視した。
あんなに鼻を突いていた「負債の匂い」が減っているなど、正気を疑う発言だ。
しかし、ルナは即座にコンポストの穴へ駆け寄り、身を乗り出してクンクンと空気を嗅ぐ。
「....本当だわ。腐臭が、少し酸っぱい腐った果物にシフトしている。」
ルナの顔から緊張感が完全に消えた。
「これは微生物による『一次分解』の完了、つまり事業が安定稼働(フェーズ2)に入ったサインね!」
老人の不吉な言葉で凍り付いていた現場に、安堵の空気が広がる。
男たちは「とりあえず上手くいってるのか。」と笑い合い、再び作業に戻り始めた。
「いい、皆様! 悪臭というリスクが低減したのは、あなた方の適切な撹拌の賜物ですわ。」
ルナは聖女モードに戻る。素の顔はバレバレなので無駄な足掻きだが。
「この調子で『負の遺産』を『黄金の肥料』へ昇華させますわよ。衛生環境の改善は、そのまま託児所の価値向上に直結するのですから!」
ルナの現金な鼓舞に、リュンヌは小さく溜息をつく。
老人の不気味な余韻を、ルナは持ち前の強欲なまでの「経済合理性」で、強引に上書きしてしまったようだった。
そして、ルナは、大工の棟梁に思い出した様に頼む。
「入口の雨のかからない場所に、掲示板を作って下さいません。そんなに大きくなくて構いませんわ。」
「掲示板?」食堂の親父がその言葉を聞いて不思議がる。
「あなた方には迷惑はお掛けいたしませんわ。これは私の発案ですから。」ルナは何かを企んでいる顔をする。
「....ルナ、....また、悪い顔。....掲示板、....誰を、....釣る?」
リュンヌは、棟梁が手際よく端材で板を組み上げる様子を眺めながら、相棒の企みを察して小さく肩をすくめた。
ルナは人差し指を立て、怪訝な顔の食堂の親父を煙に巻くように微笑む。
「これは情報の『流動性』を高めるための聖域なのですよ。ここには『欲』を満たすための情報を集約させるますの。」
彼女は出来立ての板を満足げに撫でまわし、不敵に言い放った。
「ただの木板だと思ったら大間違いです。この街の労働需要と供給をマッチングさせる『リアルタイム・ダッシュボード』になります。」
ルナはポカンとする大工の棟梁を見てドヤ顔になる。
「広告料(掲載料)という名の新たな不労所得の源泉になるわ。」
リュンヌに小声でルナは告げた。
「さて、託児所は無事出来上がりましたわ。これも一重に1週間で基礎を各担当に仕込んでいただき、今日の様に様子を見に来て頂いた皆様、....」
ルナは、まず完成を見届けに来た大工の棟梁と食堂の親父、小さな商店の店主に世話好きのおばちゃんに頭を下げる。
「そして、この場にいない「伝道師」の皆様のお力あってです。」とルナは殊勝に言い出す。リュンヌはまたいつ合図が来るかと身構える。
「....ルナ、....また、始まった。....それ、....絶対....タダじゃない。」
リュンヌは、ルナの聖女のような微笑みの裏にある「集金スイッチ」が入った音を聞き逃さなかった。
ナギナタを握る手に力を込め、どのタイミングで「奇跡(物理)」の演出が必要になるか、ルナの視線を盗み見る。
ルナは感極まったように胸に手を当て、集まった面々を見渡した。
「この託児所は、名もなき皆様の献身という『初期投資』で建った聖域ですわ。」
ルナがまともな事を言う時は、基本リュンヌ落ちが待っているとリュンヌの緊張感が高まる。
「ですが、持続可能な運営には、さらなる『循環』が必要なのです....。」
彼女の瞳がキラリと光る。
だが、話の展開はリュンヌの想像と違う方に転んでいく。
「お聞きしたところ、他の4人の方とお話されて、今回の建築担当の中から雇いたい方をおのおの決めておられるとか。」
ルナは大工の棟梁に対して、ニッコリ笑い掛けつつ確認する。
「....ルナ、....それ....。....展示、....じゃなくて、....ただの....競り市?」
リュンヌは、祈りのポーズのため脇に挟んでいたナギナタの柄を握り直すと石突をそっと地面に下ろし、拍子抜けしたように肩を落とした。
てっきり全力で「奉仕」を前で表現する出番だと思っていたのに、ルナが始めたのは労働力の「先行販売」だった。




