黄金を呼ぶ〇〇こと枯れ葉
1週間後、託児所の隅に風に飛ばされない程度の屋根と柱を備えた、幅1mほどの正方形で50センチほどの深さの穴が出来ている。
底には小石が敷き詰められていた。
ルナはオムツ洗い担当達に言う。
「落ち葉を大量に集めて来て下さいね。毎日。」
「....穴、....完成。....でも、.....ただの....ゴミ捨て場?」
リュンヌは、完成した「スモールスタート」の全容を見つめ、首を傾げた。小石の層と、中途半端な深さの穴。
ルナは満足げに柱の強度を確認し、オムツ洗い担当の男たちへ、まるで聖遺物を扱うような厳かな口調で先ほどの言葉の後を続けた。
「いい? 落ち葉はただの枯れ葉じゃない。これはコンポストの『炭素源』であり、発酵をコントロールする『触媒』よ。」
リュンヌはもう慣れっこになりつつあるが、男達には奇妙な聖典の様に聞こえているのかもしれない。
「毎日、新鮮なリソース(落ち葉)を投入して、酸素を供給しなさい。」
彼女は屈強な男たちが困惑するのを無視し、人差し指をピンと立てた。
「毎日欠かさず用意した棒でかき混ぜること。怠慢は発酵の停止を招き、異臭という名の『自己破壊』を発生させるわ。」
とてつもなく物騒な響きを幻聴で聞いたとリュンヌは思い込む。
「この小さな穴を、黄金を産む『バイオリアクター』に変えるのは、あなたたちの運用能力次第よ!」
ルナの瞳は、すでに積み上げられた落ち葉の向こうに、高級肥料として外販される未来の収益を捉えていた。
「....ルナ、....これ....おじさん達の。....鼻が、....死ぬ。」
リュンヌは、あまりの刺激臭に鼻を抑えて後ずさりした。せっかくの「スモールスタート」が、ただの公害の発生源になっている。
しかしルナは、涙目で鼻をつまみながらも、その瞳には狂気じみた情熱を宿していた。
「く、臭いわね....。でも、この『悪臭』こそが輝ける未来への最高のスタートなのよ! そう、価値のベクトル変換よォ、!」
ルナも臭気に脳の演算が一時的にオーバーヒートしたようだ。
「この最低の状況を無理やりねじ曲げる快感、....たまらないわ!」
彼女はむせ返りながら、落ち葉をかき混ぜる男たちを指差す。
「いい、これはただの汚物じゃない。排泄物という名の『負の資産』を、発酵を経て『高付加価値な商品』へと完全逆転させる錬金術よ。」
マジかこいつと言う周りの目を無視して、ルナはポーズを決めた。
「この匂いが消える頃、私たちは土から金を生む権利を手にするのよ!」
絶句するリュンヌを余所に、ルナは悪臭の向こう側に、誰もがひれ伏す「肥料利権」という計画を見据えていた。
男達は気づいた。洗濯担当が高給と風呂ありの理由に。
だが、ここまで風呂はまだなくとも湯を沸かして約束を守っているルナを、信じる事にして彼らは言い出す。
「嬢ちゃん、壁を少し離して立てりゃ臭いもマシになるぜ。」
「....おじさんたち、....優しい。....ルナの、....毒気が....移った?」
リュンヌは、悪臭に顔をしかめつつも、男たちの意外な提案に少しだけ表情を和らげた。
ルナは鼻をつまんだまま、ハッとしたように目を見開く。
「壁のオフサイド(離隔距離)による空気の層....! 素晴らしいわ、現場からのボトムバンピングな改善提案ね!」
オフサイドはサッカーだしボトムバンピングは釣り用語。正確にはオフセットにボトムアップ。ルナ安定のガバガバ2連発だ。
彼女はすぐさま手帳を取り出し、汚れた空気の対流経路を書き込んでいく。
「風呂という『固定資産』を提供できない現状で、あなたたちが自発的に環境維持の質を上げようとする....。」
ルナは珍しく心から溢れ出るような笑顔を見せた。
「これは信頼関係という名の『無形資産』が積み上がっている証拠よ。いいわ、その設計変更を承認するわ!」
リュンヌ含め皆思っていた。「いや、臭いが嫌なだけな。」
そして、更に2週間後、託児所は粗末ながらもしっかりした壁と屋根が出来た。職員の部屋まである。
雑だが最低限の施設を1週間、みっちり本職の手ほどきを受けた元冒険者達が作り上げたのだ。
そこに一人の老人が現れた。廃屋に無断で住みついて幽霊と勘違いされていた浮浪者だ。
「....ルナ、....お客様。....でも、....開く、....まだ。」
リュンヌは、不審な影に気づき、反射的にナギナタの石突を地面に鳴らした。
現れた老人は、泥にまみれたボロを纏い、完成したばかりの建物をねめ回している。
ルナは眉一つ動かさず、むしろ「待っていた」とばかりに不敵な笑みを浮かべた。




