絶対に出来ない事
約束の日、ルナは棟梁や食堂の親父、小さな商店の店主に、街のおばちゃんを連れてスラムに向かう。
既にルナとリュンヌが話をして想定して来た人数の倍以上が並んでいる
「....多すぎ....。これ、....全員....お風呂入れたら....井戸、....干上がる。」
リュンヌは目の前に広がる、想定を遥かに超えた「オレンジ」たちの行列に、思わずナギナタを握る手に力が入った。
スラムの奥底から這い出してきた者たちの、飢えと期待が混ざり合った視線の熱量は、現役冒険者の彼女ですら気圧されるほどだ。
しかし、ルナは動じない。
少し微笑んですら居た。
そして、この「過剰な需要(労働力)」をどうやって「選別」し、価値を高めるかを一瞬で計算し終えていた。
「いい? 皆様。これから、この街が誇る『伝道師』の皆様による、聖なる面接を始めますわ。」
ルナの声は、騒がしい応募者集団の空気をなだめるように柔らかに響いた。
背後に控える棟梁や親父さんたちは、ルナから提示された「名誉」と「銀貨(銅貨20枚の分配)」を背負っている。
彼らの顔はかつてないほど厳格な、プロの職人の顔になっている。
「条件は一つ。――『絶対に出来ないこと』を、簡単に嘘をつくことなく伝えてください。」
その意外な問いかけに、行列がざわついた。
「これができる。」「あれもできる。」とアピールするのが普通だと思っていた男たちは、困惑の表情を浮かべる。
「....ルナ、....『できないこと』....言わせるの? ....普通、....逆。」
「いいえ、リュンヌ。見栄を張って現場を混乱させるのが、一番の損失なのよ。自分の限界を正しく把握し、報告できる....。」
リュンヌにルナは穏やかな声で言う。
「それこそが『誠実さ』という名の、最も基本的な信用資材だわ。」
ルナは一歩前に出ると、行列の先頭にいる、片腕を負傷して引退した元冒険者の男を指さした。
「さあ、棟梁。まずはこの方から。この方が『嘘つきなオレンジ』か、それとも『加工に耐えうる素材』か....。」
今度は大工の棟梁の方を向いてルナは挑むようにいう。
あなたのプロの目(鑑定)で、厳しく仕分けてちょうだい!」
大工の棟梁は何故か楽しげにリュンヌには見える。
「....おうよ、任せな! おい、お前。その腕で『重い石材は持てねぇ』って正直に言えるか?」
大男相手でも大工の棟梁は平常運転だ。
「それとも『根性でやります』なんて安い嘘を吐くのか?」
棟梁の怒声に近い問いかけが響く。
ルナは、その様子を完璧な「最高経営責任者(CEO)」の冷徹な目で見守りながら、予備費の銀貨一枚をポケットの上からそっと撫でた。
「....リュンヌ、よく見ておきなさい。今、この瞬間から、彼らは『ただの困窮者』から『価値を生み出す歯車』へと脱皮するのよ。」
「....ルナ、....やっぱり....恐ろしい。....正直者が....得をする....仕組みを、....強制的に....作ってる。」
リュンヌは、ルナに大きな恐怖とわずかな温かさを感じる。
大工の棟梁にいきなり声をかけられた大柄の男は、悔しそうに「太い丸太や石は持てねえ。」と吐き捨てた。
大工の棟梁は、「わりいが建屋担当は無理だ。が、瓦礫の片付け班の日当銅貨1枚なら嬢ちゃんいいな?」と言う。
ルナは頷く。大柄の男の目が輝く。
「....ルナ、....いきなり....就職....成立した。....棟梁、....ちゃんと....使い道....見つけた。」
リュンヌは、男の目が絶望から希望の光へと一瞬で変わるのを間近で見た。
ただの「不合格」で切り捨てるのではなく、本人の申告した「限界」を前提に、確実にこなせる「役割」を割り振る。
ルナが仕組んだこの面接は、もはや選別ではなく、適材適所の「再配置」だった。
「ええ、棟梁。瓦礫の撤去は安全確保の第一歩ですもの。」
ルナは棟梁の判断を全肯定し称賛する。
「彼のような体躯の持ち主が、自分の限界を分かって動いてくれるなら、現場の事故(損失)は劇的に減るわ。」
ルナは慈愛に満ちた(しかし日当の支払い管理を頭の中で即座に記帳する)微笑みで頷いた。
「聞いたわね? あなた、今日から『聖なる再建・瓦礫処理班』の一員よ。
ルナはちょっと偉そうに言い放つ。
「嘘をつかなかったことが、あなたの最初の『成果(利益)』になったの。さあ、次は誰かしら?」
大柄の男は、照れくさそうに、しかし力強く「……おう! 銅貨1枚、無駄にしねえ!」と叫び、指定された待機場所へと向かった。
その背中には、さっきまでの卑屈な影は微塵もない。
「....ルナ、....ここを....支配した。」
リュンヌはその空気感に圧倒される
「....みんな、....必死に....自分と....向き合ってる。」
リュンヌは初めてルナが神官に見えた。




