5枚の銀貨
続いて、大教会長とルナは面会し堂々と言う。
「次なる浄財が入る仕組みの基礎固めに銀貨5枚の散華をお許し下さい。」
リュンヌはポカンとする。少なすぎる。
「銀貨、....5枚....。ルナ、....桁、....間違えてる? ....一桁、....いや二桁....足りない。」
リュンヌは思わずルナの神官服の裾を引いた。あれだけの大風呂敷を広げ、二人の夫人を丸め込んだ「銭女」。
それが、大教会長というこの場の最高意思決定者を前にして提示した額が、あまりに慎ましく、かつ中途半端だったからだ。
だが、ルナの瞳は「この取引は既に勝っている」と確信している投資家のそれだった。
「....いいえ、それで十分ですわ。大教会長様。」
口調は丁寧だが余裕に満ちた表情で続ける。
「この銀貨5枚は『支援金』ではなく、私が提案する救済事業の『登記費用』として受理していただきたいのです。」
ルナは大教会長を前に、汚れなき聖女の微笑みを浮かべ祈りのポーズを取る。
「多額の寄付は時として依存を生みます。」
朗々とルナ節が始まった。
「ですが、この銀貨5枚を教会の『公認印』に変えていただければ、私はレバレッジにして、街の外から莫大な浄財を呼び込んでみせましょう。」
聖なる場で謎の投資商品のセールスは続く。
「10年後の教会には、今の100倍の『不労所得....もとい、奉納金』が流れ込む仕組みを構築いたします。」
どこぞのファンドになった。
現代日本なら確定的な説明はアウトだがここでは
大丈夫だ。
「....ルナ、....顔……怖い。……大教会長……飲み込まれてる。」
ルナの狙いは、現金ではなく「教会の正式な後ろ盾」という、金では買えない最高級の信用だった。
銀貨5枚という「安すぎる実費」をあえて要求する行為。だが効果は大きかった。
大教会長に「それしきの額で街の浄化が進むなら安いものだ」という心理的安心感を与えることに成功したのだ。
「いいでしょう。ルナ同志、その銀貨5枚で、あなたの言う『未来の礎』を築いてみせてくださ
い。」
孫への小遣いアップをルナに委ねている大教会長の期待は大きい。
「――承りました。ルス神様の光が、いずれ憐憫浄財として皆様に降り注ぐことを約束いたしますわ。」
教会を出るなり、ルナは懐から「公認印」の押された書類を取り出し、勝利のステップを踏んだ。
「さあリュンヌ、これで『法的な免罪符』は全て手に入れたわ! 」
国教であるルス教の神官が教会の活動として動く。テーマパークのフリーパスの様なものだ。
「ギルドが泣きついてきても、この紙一枚で『これは教会の聖業よ、邪魔するなら破門(法的措置)かしら?』と反射してあげられるわ!」
「……銀貨5枚で、……街を……買い取った……。」
リュンヌは、ルナが握るたった一枚の紙切れが、爆弾よりも恐ろしい価値を持っていることに気づき、震えが止まらなかった。
「さあ、この5枚で大工の棟梁と食堂の親父と小規模商店の店主とお世話好きおばさんを手配するのよ。」
教会の名と資金で指導員を手配する。リュンヌはまさかの展開に唖然とした。
「……ルナ、……それ、……買収……。教育……じゃない。」
リュンヌは呆然と立ち尽くした。
大教会長から引き出した「聖なる銀貨5枚」が、ルナの手の中でドロドロとした「大人の事情(買収資金)」に変わっていく。
「違うわよ。これは『技術コンサルティング料』よ。」
大工の棟梁には『スラムの連中を安く仕える弟子として育てる権利』、食堂の親父には『施設の給食事業の独占権』....。」
つらつらと構想を語り始めるルナ。
「商店主には『消耗品の納入枠』。そしてお世話好きおばさんには、……」
ルナは銀貨を一枚ずつ数え、恐ろしい手際の良さで封筒に分けていく。
「彼女には『街の善行の生き証人』としての名誉と、施設の運営監督という『権力』を。銀貨1枚はただの小銭でも、教会の公認印が付けば....、」
ルナは言葉を少し探した。
「『委託費用』になれば、それは街の有力者たちの自尊心と利権を同時に満たす、最強の買収チケットに化けるのよ!」
「……棟梁も……親父さんも……教会の名前に……弱い。……逃げられない。」
「そうよ。教会が正式に『指導員』を依頼したとなれば、彼らは断れないし、下手な仕事もできない。」
ルナは神官とは思えない言葉を使う。
いつもの事だが。
「つまり私は、銀貨5枚で『街のプロフェッショナルたち』を私のプロジェクトの奴隷、もとい専属スタッフとして囲い込んだわけだわ。」
ルナはリュンヌの目の前で、最後の一枚を高く掲げた。
「これで人件費(コンサル料)は実質タダ、責任は教会、実務はプロ、労働力はスラム、資金は夫人……。」
ルナよあんたはなにをすんだ?




