神聖なる弾除け
夫人だけでなく、夫の気分を良くするワードを織り交ぜて畳み掛ける。
「....ねえ、夫人。これはもはや事業ではなく、歴史そのものだと思いません?」
「歴史....。そうね、ギルドですら匙を投げた連中を私が救う....。」
第二夫人は浮かれたように呟く。
「ふふ、あの第一夫人の鼻を明かせるどころか、領主様のお耳に入ってもおかしくないわ!」
第二夫人は、ルナが提示した「名誉」という名の高カロリーな餌を、一口で飲み込んだ。
夫の方も「再就職支援....か。それは確かに、騎士の端くれとして見過ごせぬな。」と、完全にルナのペースに巻き込まれている。
「....ルナ、....詐欺師....ギリギリ。....でも、....お金....出た。」
「失礼ね、リュンヌ。私は彼らの『承認欲求』を、社会問題の解決へと正しく誘導しただけよ。」
ルナは心外だと言わんばかりで言い返す。
「さあ、軍資金の着金確認(寄付の誓約)は済んだわ!」
屋敷を出た瞬間、ルナの顔から聖女の仮面が剥がれ落ち、代わりに狡猾な起業家の笑みが浮かぶ。
「これで『第一夫人の土地』に『第二夫人の資金』、そして『スラムの労働力』が揃ったわ。」
そして、ぶっちゃけちゃうのがルナである。
「責任の所在を曖昧にしつつ、利権の中枢を私が握る……完璧な座組み(スキーム)よ。」
そして、またも言い出した。
「あの旦那なら、事業を潰さずゆっくり拡大させるわ。だからライセンス料10年ね。」
「....ルナ、....また....不労所得。....ルス神様、....働かざる者....って....言ってた....。」
リュンヌは、ルナの脳内に「権利収入」という名の黄金の歯車が回り出したのを察知した。
「リュンヌ、よくお聞きなさい。真の経営者っていうのはね、自分が現場にいなくても利益が回る仕組みを作る人のことを言うのよ。」
もっともらしい言い訳?開始だ。
「あの旦那様は堅実だわ。彼に運営の実務を任せ、私たちは『救済のメソッド(ライセンス)』を提供し続ける....。」
そして、ルナの本音が漏れた。
「10年間のロイヤリティ、これこそが私の老後資金、もとい『神殿の維持費』になるのよ。」
ルナは夕日に向かって、まだ手に入れてもいない金貨の輝きを夢見るような目で微笑んだ。
「....10年....。ルナ、....その頃、....何してる? ....きっと....街半分、....ルナの....貸金か、....持ち物....。」
「んなはずないでしょ。私はこの街の『希望のインフラ』を整えているだけよ! 」
言葉遊びとは素晴らしいものだ。
「さあ、明日の朝一番でライセンス契約書(神聖なる誓約書)を、あの旦那様が正気に戻る前に叩きつけ……いえ、お届けに行くわよ!」
翌日、ルナはリュンヌを連れて教会へ行く。
ちなみに教会では先日のユニオン結成以来一目置かれている。
というのは以前より奉仕が上手く回っていると皆が感じているからだ。
教会の中を歩くルナの背中には、以前のような「妙な少女神官」に対する視線は向けられない。
「....ルナ、....みんな、....見てる。....拝んでる人、....いる。」
リュンヌが小声で指摘するとおり、同僚の神官たちの目は明らかに感謝を帯びている。
ルナは「労働組合」という名の組織化を教会の奉仕に持ち込んだ。
そのおかげで、万年過労気味だった神官達が工夫しシフトを組んだことで奉仕がスムーズに回り、休める時間が増えたからだ。
「当然よ。信仰心だけじゃお腹は膨らまないけれど、システム(仕組み)は人を救うわ。」
教会内で不信心極まりない。
「さあリュンヌ、今日はこの『教会の威光』という最強の信用を借りて、最後の仕上げをするわよ。」
ルナは教会の窓口で、昨日こっそりしたためた「ある文書」を取り出す。
「これを受付に。内容は『ルス神の慈悲に基づいた、元冒険者及び困窮者のための自立支援施設』の設立届よ。そして……」
ルナは不敵に笑い、リュンヌにだけ聞こえる声で囁く。
「教会の掲示板の特等席に貼り出させるの。公にギルドに対して、彼らの『不稼働資産』を教会が正式に『保護・育成』すると宣言するわけ。」
リュンヌは書類に教会の判がデカデカと押されるさまを眺めるしかない。
「これで、ギルドは手出しができなくなるわ。」
ああ、そうでしょうね。その思いがリュンヌの口から出る。
「....ルナ、....やっぱり....悪い。....教会の、....看板....盾にした。」
「失礼ね。これは『神の傘』の下での正当な経済活動よ!」
どう言い換えても弾除けだった。




