貴族の柔らかそうな場所
「実は町外れの、それはそれは汚い屋敷2軒を第一夫人に購入いただきまして。」とルナはしおらしく始める。
「そこにですね、慈悲深きこのお家のお力で子供と母親の未来をルス神様の光をもって満たす場所を作らせていただきたいと。」
「あら、あの方がもう動かれたの?」
第一夫人の名が出た瞬間、第二夫人の眉がピクリと跳ねた。ルナはその微かな「競争心」という名の市場変動を見逃さない。
「ええ。ですが、あちらはあくまで『土地と箱』という世俗的な提供。」
ルナは、家名を出すという名誉をチラつかせる。
「そこに魂を吹き込み、この街の母子を救う『聖域』として完成させる。」
一度言葉を切ってルナは相手を見つめる。
「そのためには、この家が持つ格式と、何よりお二人の清らかなる慈悲(予算)が必要不可欠なのですわ。」
ルナはそう言って、隣に座る第二夫人の夫——かつての想い人であり、今は彼女の「戦利品」とも言える男へ、潤んだ瞳で視線を投げた。
「....ルナ、....目が、....ガチ。....これ、....ハメ技」
リュンヌは背筋が寒くなるのを感じた。
第一夫人が既に金を出しているという事実は、第二夫人にとって「負けられない戦い」のゴングでしかない。
「あの方が『実』を取るなら、私は『名』を頂くわ。」
第二夫人は既にがっちり食いついた。
「当然でしょう? 汚れ仕事はあちらに任せて、私たちはもっと….そう、高潔で美しい支援をしましょう、あなた?」
夫と呼ばれた男は、妻の気迫とルナの聖女(を装った銭女)オーラに圧倒された。
「あ、ああ、もちろんだ。それがルス神の御心ならば....」と力なく頷く。
「決まりですわね! では夫人、」
ルナは夫をそっちのけでクロージングに向かう。
「まずはその忌まわしき屋敷を『夫人の色』に染めるための工事費と、聖なる活動を支える『維持費』の試算表(お布施リスト)をこちらに。」
ルナが懐から取り出したのは、祈祷書ではなく、隅々まで計算し尽くされた「貴族のプライドを限界まで刺激する高額見積書」であった。
「....ルナ、....恐ろしい....子。....神官、....向いてない。……金貸し、……なるべき。」
「さすがにこれは....。」と夫が躊躇う。
「....夫の人、....まとも。....珍しい....見つけた。」
リュンヌは心の中で密かにその良心に拍手を送ったが、ルナにとってはそれすらも織り込み済み(バッファ)だった。
躊躇する夫の視線を感じた瞬間、ルナの脳内CPUは一瞬で「強欲モード」から「誠実な事業家(を装った長期利益確保モード)」へと切り替わる。
「さすがは旦那様、鋭い洞察力ですわ。」
くるっとUターンするように夫を称賛する。
「ええ、実は今提示したのは『最高級の贅を尽くした場合』の理想案。ですが、ルス神様が望まれるのは見栄ではなく、確実な歩み....。」
説教よりの営業トークを展開だ。
「ならば、こちらの『現実的かつ持続可能な修正案(プランB)』ではいかがかしら?」
ルナはペンを借りて、労務費の欄をサササッと書き換えた。
それは先ほどまで「ぼったくり」に近い設定だった数字を、あらかじめ用意していた「適正かつインフレを考慮した現実路線」へと戻す作業だ。
「....ルナ、....最初から....これが....本命。....わざと....高いの....見せた。....値引き、....心動かす。」
リュンヌは呆れを通り越して感心すら覚えた。
最初に高い数字を見せておいて、相手に難色を示させる。
そして、「あなたの意見を尊重して歩み寄りました」というポーズを取り、本来通したかった数字を呑ませる。
「これなら....。ああ、これなら我々の家計も圧迫せず、かつ十分な徳が積めそうだ。ルナ殿、君は実に話がわかる。」
夫が安堵して頷き、第二夫人も「あら、あなたがそう仰るなら。」と上機嫌で契約(寄付)に同意した。
「ありがとうございます。これで、この街の底辺から光が溢れ出しますわ....(主に私の懐と、施設の運営予算にね)。」
ルナは聖女の微笑みを崩さず、心の中で勝利のガッツポーズを決めた。が、まだ手は緩めない。
「実はこの労務費は、怪我して引退した冒険者達を雇った場合での計算ですのよ。」
ルナはわざとらしく言う。
「....ルナ、....トドメ....刺しに行った。....えげつない....角度の、....聖光(物理)。」
リュンヌは戦慄した。ルナは今、単なる予算交渉を「貴族の義務と名誉」という名の逃げ場のない檻に変換したのだ。
「そうなのです。ギルドに見捨てられた哀れな引退者たち....。彼らを慈悲深く受け入れるのは、もはや神殿の力だけでは限界があります。」
ルナは嘘を全く話してはいない。
「ですが、この由緒あるお家が『彼らの新たな主』として名を連ねるなら、これほど徳の高い話が他にあるでしょうか?」
ルナは第二夫人の手を握らんばかりの勢いで詰め寄る。
「社交界ではきっとこう噂されるでしょう。」
貴族の名誉という柔らかそうな場所をルナはツンツンする。
「『あのお家は、剣を捨てた者たちにさえ生きる希望(雇用)を与える、真の騎士道精神の体現者だ』と。」




