卵の殻と対話
「施しを求めて蹲る必要はありません。あなたたちが守り抜いたその『誇り』を、私は適正な対価で買い取る準備があるのです!」
「怪我をして冒険者を引退したら、何も出来ないのでしょうか?」
人影がない淀んだ街角にルナの鈴を振るような声が突き刺さる。
「冒険中にその場にあるもので料理をしたご経験があるなら、食材が揃えばもっと良い物が作れるのでは?」
リュンヌはこの異様な沈黙こそが、ここの住民のルナへの拒否の表現だとわかっているだけに、気が気でない。
「怪我をしたから価値がゼロ? そんな単純な減価償却、私が許しません。魔物の急所を知るその腕は、調理場の包丁捌きに転用できるはずです。」
ルナはゴミ溜めの奥、動かない影に向かって断言する。
「……ルナ、……無茶苦茶。……でも、……説得力……ある。」
リュンヌが周囲の殺気に冷や汗を流す中、ルナは不敵に笑い、さらに声を張り上げた。
「劣悪な環境で培った『サバイバル技術』を、最高の設備で『高付加価値なサービス』に変換してください。」
言葉こそ丁寧だが、まるで叱咤するような調子が含まれている。
「私の投資に乗るなら、今すぐその薄汚い絶望を捨てて、私の前に出てくるべきです!」
「片腕がなくとも、足があれば見回りはできるはず。土を掘る、ちょっとした工作ができる。十分じゃありませんか?」
ルナは辻説法を加速させるさっきとは違う語りかけるトーン変幻自在だ。
「ルス神様は、働くという事に光を当てているのです。」ルナがさらに声を大きくした。
奥から、複数の汚い卵の殻が飛んで来て一つがルナに当たる。
「あら、命中精度はなかなかね。その筋力と空間把握能力があるなら、物流の荷役や警備でも即戦力だわ!」
ルナはローブに付いた卵の殻を、まるでお祝いの紙吹雪でも払うかのように優雅に指先で弾き飛ばした。
「……ルナ、……煽りすぎ。……殺気、……増えてる。……死ぬ。」
リュンヌはナギナタを構え、影から伸びる刺すような視線に応戦する。だが、ルナの舌鋒は止まらない。
「ルス神様は『働かざる者食うべからず』なんて冷たいことはおっしゃりません。ただ『才能を腐らせるな』と命じておられるのです。」
全く動じる様子を見せず、卵の殻を踏みつぶしつつ続ける。
「片腕がなくとも、足を引きずっていても、あなた方の『経験』は五体満足な素人よりよほど付加価値が高いのです。」
ルナは更に前に出ようとする。リュンヌがナギナタの柄で必死で止める。
「それをドブに捨てて死ぬのを待つなんて、投資効率が悪すぎて私の教義が許さないのです!」
彼女はリュンヌのナギナタの柄を押しつつ一歩前へ踏み出し、影の奥に潜む「元冒険者」たちのプライドを土足で、しかし情熱的に踏み抜いた。
「文句があるなら、もう一度その殻を投げてきなさい。ただし、次は私の『事業計画』を最後まで聞いてから、自分の価値を再考した上でね!」
「……ルナ、……お願い……。もう、……心臓、……持たない……。」
帰り道、リュンヌはナギナタを杖にして、今度こそ膝をつきそうな勢いで懇願した。
周囲の殺気がようやく遠ざかり、夕暮れの穏やかな街並みに戻っても、彼女の指先はまだ微かに震えている。
「あら、そんなに震えて。せっかくのナギナタが泣くわよ、リュンヌ」
「……泣きたいのは、……私……。スラムの、……出口……あと一歩で、……暴れる。」
「ふふ、いいえ。あの沈黙は『敵意』じゃなくて『戸惑い』よ。彼らは、自分の価値を肯定されることに慣れていないだけ。」
ルナは夕日に目を細め、まるで株価チャートの底を確信した投資家のような、充足感に満ちた笑みを浮かべる。
「卵の殻がいくつも飛んできただけで済んだなら、それは立派な『対話』の始まりだわ。」
ルナは殻が当たった辺りの神官服の汚れを一瞥する。
「今はまだ信じられないでしょうけど、次に私があそこへ行く時、彼らは石ではなく『履歴書』を握りしめて待っているはずよ。」
「……絶対、……無理。……でも……ルナが……言うと……本当に……なりそうで……怖い。」
「リュンヌ、よく覚えときなさい。底値で仕入れた期待(信頼)ほど、跳ね上がった時の利回りは大きいものなのよ。」
翌日もその翌日もリュンヌの願いを無視してルナはスラムへ行く。
ただリュンヌは気付いた。
「....なんか....人数や....お金....言ってる?」
ルナは今日もおっぱじめた。
「簡単な料理ができる人二人には日当で銅貨5枚、見回りは3人で銅貨4枚、汚れ仕事は銅貨日当10枚とお風呂に入れるようにするわ。」
「……ルナ、……それ、……貼り紙。……神官、……やらない。」
リュンヌは呆れ果てて、スラムの入り口でキレイな営業用ボイスを響かせるルナを見つめた。
ルナは、具体的」で「現実的」な労働条件が並べ立て続ける。
「ふふ、ここ数日の種まきが効いてるわ。ほら、影で見ている視線の数が倍になっているもの。」




