どの家もお母さんが一番怖い
「貴族院の議決権に、冒険者ギルドの人事権……。」
もう一度ルナは復唱した。
「王家が隠蔽してきた『負債(不祥事)』を帳消しにする代わりに、国家の『優先株』を全て差し出せというわけね。」
そして、自らがやった事を棚にあげて他人のようにルナは評価する。
「生かさず殺さず、骨までしゃぶり尽くす……宗教家というより、たちの悪い買収ファンドのやり口だわ」
「……な、何を……! そのようなことを許せば、王家の権威は……!」
王が呻くように声を絞り出す。
と、王妃が王に
「貴方、少し冷静になりなさい。今回の件は少なくとも露見すれば世の中の半数は貴方の敵になる案件ですわよ。」
と冷静かつ温厚に告げる。
「……流石は王妃様。この場にいる誰よりも『市場のセンチメント』を正確に把握していらっしゃるわ」
ルナは冷笑を解き、少しだけ敬意を込めた眼差しを王妃に向けた。
王は目先の面子や権威という名の「含み損」にしがみついている。
だが、王妃はすでに「王家」というブランドの維持がこの方法では不可能に近い局面にあることを察知している。
「王様、聞こえたかしら? 世の中の半数——つまり、この国を実質的に回している女性たち、そして理不尽な搾取に耐えている納税者たち。」
ルナは王妃の言葉を噛み砕いて説く。
「彼らが今回の『勇者の不祥事』と『功労者の使い捨て』を解析した瞬間、王家の支持基盤は一気に売り浴びせられるわ」
ルナは手にした報告書を、まるで最終通告のように机に置いた。
「王妃様が仰る通り、これは感情論じゃない。明白な『リスク管理』の問題よ。」
ルナは少なくとも王妃はまともと考え、言葉を選ぶ。
「今この場で光主様の条件を飲み、王家の膿をルス教に委託して『損切り』しなければ、明日には王冠そのものが紙屑になる。」
実際にルナ達が事実をばら撒けばすぐ現実になるのは王にも想像はできる。
「……賢明な王妃様は、夫であるあなたの『強制破産』を止めて差し上げているのよ?」
「……どの家もお母さん……怖い人……。でも、……一番、正しい……」
リュンヌが小さく呟く。
その隣で、副光主がハンカチで目元を拭いながら、王妃に深々と一礼した。
「左様でございますわ、王妃様。私たちルス教は、何も王家を潰したいわけではございません。」
王妃を姉のように慕う副光主は涙声で言う。
「ただ、不健全な状況を正し、共に体制を立て直したいだけです。……ねえ、王様。愛する妻の忠告まで無視して、心中でもなさるおつもり?」
リュンヌが言う。
「……私……あの男興味ない……でも……もうこういうのやめて欲しい」
副光主がその言葉を聞いてまた泣き出す。
ルナは「全く泣いてもなんもならないわよ」と言う。
気づけば王女二人も泣きながら「今回は父上が最低よ!」と怒鳴っている。
「……ふん。感情を垂れ流したところで、失われた資産も時間も、一秒たりとも戻ってこないっていうのに」
ルナは、またしても涙腺を崩壊させた副光主と、嗚咽しながら父親である王を糾弾し始めた王女たちを、心底呆れたような目で見やった。
彼女の碧い瞳は、湿っぽい同情など一切受け付けない、乾いた計算機そのものだ。
「リュンヌ。……そうね。あなたはもう、あの『ゴミ(不良債権)』に割くようなリソースなんて持ち合わせていないものね。」
少し救われたようなトーンで声を出すルナ。
「興味を失うことは、最大の『損切り』だわ」
ルナは、リュンヌの細い肩を引き寄せ、その冷たい頬を自分の髪で隠すように抱き寄せた。
リュンヌの「もうやめて欲しい」という言葉。
それは復讐心ではなく、これ以上この国の『汚職』に自分たちの人生を侵食されたくないという、切実な防衛本能だ。
「聞いたかしら、王様。あなたの娘さんたちにまで『最低』を付けられて、ようやく事の重大さが理解できた?」
王女二人と副光主に心底呆れたという顔をする。
「……ひかさまも、いつまでも泣いていないで。あなたのその涙を『政治的示談』の材料に使うのが、私の仕事なんだから」




