表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

158/163

勇者、幻影に囚われる

「ツキ……? ほう、それがリュンヌの本名、あるいはかつてあなたが踏みにじった『資産』の呼称かしら。」


「王家が『所領なし』の貴族位を与えて隠蔽していた勇者様が、一人の東方の少女を見ただけで理性をデフォルト(不履行)させるとはね」


「……あ、……あ……」


男の喉が引きつる。その瞬間、リュンヌが一歩、前へ踏み出した。黒い一輪の花の彫りをあしらった柄が、石畳に長い影を落とす。


リュンヌが言う。


「……私……ツキじゃない……ミツミ リュンヌ……ツキ、お母さん、ミツミ ツキ。」


ルナは、隣で震えるリュンヌの手を、壊れ物を扱うように、けれどもしなやかな強さで握りしめた。


彼女の黄金色の瞳は、目の前の「勇者」と称される男を、もはや生物としてすら見ていない。


ルナは、男がかつて冒険者ギルドで呼ばれていた二つ名を、口にするのも汚らわしいと言わぬばかりに吐き捨てた。


「『暴虐の……』? ふん、下衆な二つ名。冒険者時代からそう呼ばれていた男を、王様は『勇者』という美辞麗句で上書きする。」


「そして不都合な貴族を「魔王」として『討伐』という名の不当な『強制収用』を行わせていたわけね」


ルナの声は、怒りを通り越して、絶対的な冷徹さへと至る。


「いい、勇者様? あなたが魔王を倒したという実績も、その煌びやかな鎧も、全ては国民という善良な投資家から奪い取った『横領品』」


ルナは断罪するように言う。


「そしてその横領を、王の認可という名の『公的なお墨付き』で正当化してきた……」


ルナは、青ざめて立ち尽くす男と、沈黙を貫くしかない王を、交互に冷酷な目で見据えた。


「これはもはや不祥事なんてレベルじゃないわ。王家による、国家規模の『資産洗浄マネーロンダリング』と、罪なき民への『信用破壊』」


「ねえ、光主様? この場にいる貴族の皆様、今すぐ自分の『勝ち馬』が、実はただの『破綻した偽造通貨』だったと認める勇気はあるかしら?」


リュンヌは、黒い花の鞘をその男へと突きつけた。

「……勇者。……私の……お母さんを、捨てた。お前もその名前、……今すぐ、……捨てて。」


少女の悲痛な、けれど濁りのない「請求」が、虚飾に満ちた貴族院の天井を震わせた。


「……あら、皆様。ご気分がよろしくないようですわね。ですが、これは私が捏造した物語フィクションではありませんことよ」


ルナは意図的に声を一度高くして次の言葉を言った。


「これは、あなた方が『勇者』と崇めて投資し続けてきた男の、あまりに正確な『運用実績』ですのよ」


そして、ルナは手にした報告書を、まるで不渡り手形の山を整理するかのように、淡々と、しかし残酷なほど明瞭な声で読み上げ始めた。


仲間を後ろから斬り捨てて功績を独占した不祥事。


冒険者時代、逆らう女性を力でねじ伏せ、その未来を物理的に損壊させた暴行の数々。


そして、仲間だったリュンヌの母親を『魔王の協力者』という偽のラベルで断罪し、暴行し負傷を負わせ逃走した顛末の全貌。


一言、事実が積み上がるたびに、場内の温度が数度ずつ下がっていく。


王女たちが顔を覆い、嗚咽を漏らし吐き気を訴え始めた。


ルナが最初に自らが愛用する『聖女の祝福』の開発者として、女性の味方であるという強力なブランドイメージを確立させたからだ。


気づけば副光主がリュンヌの肩を抱きながらも、自分の方が泣き崩れている。


彼女たちの目には今、この勇者が「憧れの英雄」ではなく、自分たちの尊厳を脅かす「最悪の欠陥商品」として映っていた。


「いい、皆様? これを『穏便に』済ませるということは、この男の暴虐を王家が公認し、今後も同様の『損失』を出し続けると宣言すること」


ルナは努めて理性的に言葉を紡ぐ。


「それは国民に対する、国家規模の『背任行為』ではありませんこと?」


ルナの碧い瞳は、もはや獲物を逃さない猛禽類のそれだった。


「勇者様、なぜそんなに震えていらっしゃるの?

自分の犯してきた罪という名の『負債』が、複利で膨れ上がって自分を押し潰そうとしている。」


ルナはわざとらしく勇者に声をかける。


「その恐怖を、今ようやく実体として感じていらっしゃるのかしら?」


貴族たちの間には、もはや勝ち馬に乗る熱狂など微塵も残っていない。


ルナが作り出したのは、この男を庇うことがそのまま「自分たちの家庭と社会的格付けの破滅」に直結するという、逃げ場のない包囲網だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ