家庭内不和を人質に反撃開始
「……あら、失礼。昔々に、王宮の私室でお目にかかりました『面妖な幼女』でございます、王様。」
ルナは神官服の裾を完璧な所作でつまみ、優雅に、かつ徹底的に計算された角度で礼をした。
その直後、彼女は碧い瞳に「商売人」の狡猾な光を宿し、玉座の傍らにいる王女へと視線をスライドさせる。
「また、王女様におかれましては、私とこちらのリュンヌが共同開発いたしました『聖女の祝福』を、日々ご愛用いただいているとのこと……」
可憐な微笑みを顔一面にルナは咲かせる。
「開発者として、これ以上の名誉はございませんわ」
その一言が放たれた瞬間、議場に充満する「ルス教を吊るし上げろ」という熱狂的な相場に、目に見えるほどの「冷や水」がぶっかけられた。
「……えっ? あの、飛ぶ鳥を落とす勢いで王都の婦人層を独占している『聖女の祝福』の……?」
「うちの妻も、あれがないと月のものの時に外出ができないと言っていたが……」
貴族たちの間に、ざわざわとした動揺が広がる。
彼らにとって、目の前の少女が「不敬な神官」である以上に、自分たちの家庭の平和を握る『供給元』へと変貌したのだ。
もしここで彼女を罪人として捕らえれば、今夜帰宅した彼らを待ち受けているものが脳裏に浮かぶ。
それは、愛用する衛生用品を絶たれた妻や娘たちの、軍隊よりも恐ろしい「不買運動」と「家庭内恐慌」である。
「……ルナ、……すごい。……おじさんたち、……顔が、……引きつってる。」
リュンヌは隣で、状況の変化を敏感に感じ取った。
ルナと自分が開発した、あの水苔と黄金の油布を使った新商品が、この土壇場で「政治的な不逮捕特権」として機能し始めている。
「私はただ、市井の経済を回し、皆様のご家庭に『快適』という名の付加価値を提供しているだけの、非力な一神官ですわ。」
リュンヌは神官じゃない銭ゲバつけろと思う。
「そんな私が、わざわざ王家の高貴な武官様を貶めるような『不採算なリスク』を冒すとでもお思い?」
ルナは不敵な笑みを浮かべ、さらに畳みかける。
「むしろ、その武官様とやらが、私の大事な『聖女の祝福』のイメージを損なうような行動を市井で取られていたのですか?」
わざと、ルナは王に質問をふる。
「それこそ損害賠償を請求したいくらいですわ。……王様、これって立派な『営業妨害』だと思われませんこと?」
王の顔が、怒りと戸惑いで歪む。ルス教という「巨大組織」に加えて、国民的ヒット商品を持つ「若き経済の旗手」という属性。
切り捨てるには、あまりに惜しく、そしてあまりに面倒な『利権』を持った神官が暴れ始めたからだ。
「そもそも、哀れな少女が父親を探していると聞いて教会が人相書きを服装を変えて幾つも作る。気の利いたやり方では?」
ルナは問い返した。
糾弾の口火を切った貴族は
「確かにそうかもしれん。だがあまりにも、かの武官殿の肖像画をそれこそ写し取ったような人相書きではないか!」
貴族はどこで手に入れてきたのか、教会が掲示板に貼っていた人相書きを全員の前に披露する。
「武官殿を子を捨てるような、冷血な人間と侮辱し王家の威光に傷をつける算段だったに違いない。」
貴族は、自らの説を曲げようとはしない。
王からのオーダーを成し遂げる。
それが今は最も重要だからだ。
「……写し取ったような人相書き? 心外ですわね、閣下。」
ルナは言葉尻を捉えて言い返す。
「それはつまり、その武官様の造形が『どこにでもいる、ありふれた量産型』だと言っているようなものですよ?」
ルナは扇を広げるような優雅さで肩をすくめ、貴族の怒号を柳に風と受け流した。
「いい、皆様。私たちが依頼した絵師に伝えたのは、少女の断片的な記憶……」
ルナはまず似顔絵の作成工程から説明にはいる。
「『鋭い眼差し』『整った鼻筋』『自信に満ちた口元』という、抽象的な『成功者のアセット』だけですわ。」
そして、逆説的な問いかけをルナは行う。
「それが王家が誇る武官様に酷似している、それは『民衆が抱く理想的な権威像』との一致というこの上ない賛辞ではないですか?」
ルナはそこで言葉を切り、氷のように冷たい視線を議場に走らせた。
「……それとも、何か。王家が『王家の威光を傷つける』と恐れているのは、別の事に起因するのでしょうか?」
ルナはいよいよ本筋に入るつもりになったようだ。
「それは、武官様の『顔』ではなく、その顔を持った人物が市井で行ってきた『振る舞い(運用実績)』の方なのではありませんか?」
わざとすっとぼけたような口ぶりで言葉を重ねる。
「実績に曇りがないのなら、どれほど似た男が子を捨てようと、誰も武官様と結びつけたりはしませんわ。……そうでしょう、王様?」




