人は嘘をつく、調度品は嘘をつかない
騎士団が城門の入り口で、まるで白銀の壁のように整然と停止した。
その場に残された重圧感は、言葉にせずとも「ここから先で光主に何かあれば、即座に武力行使を開始する」という、王家への無言の圧力だ。
「……光主様、いい顔してるわね。自分の命を『担保』に、王家の喉元にナイフを突きつけているようなものだわ」
ルナは窓の外、遠ざかる騎士たちの影を見送りながら、皮肉な微笑を浮かべた。
護衛を連れずに奥へ進むのは、無防備の証明ではなく、圧倒的な「信用の裏付け」があるからこそできる、究極の強者の振る舞いだ。
「……ルナ、……静かになった。……ここ、……空気が、……冷たい。……不気味。」
リュンヌが膝の上で拳を握りしめている。
城の奥へと進むにつれ、喧騒は消え、代わりに歴史という名の「カビの生えた負債」が漂うような、重苦しい静寂が馬車を包み込んだ。
「大丈夫よ、リュンヌ。光主様の身に何かあれば、あの聖騎士たちがこの城を更地にしてくれるわ。」
そしてルナはふざけた調子で光主に声をかける。
「それだけの『損害賠償』を、王家は支払えない。……ねえ、光主様? もしもの時は、私の手数料も上乗せして請求しておいてちょうだいね」
光主は、馬車の心地よい揺れに身を預けながら、微かに目を開けた。
「……フン。私の命、王家が、買い取れるほど、安くはない。聖騎士団(彼ら)が、動く時それは、王家の、終焉の日だ。」
「まあ、光主様。そんな不吉な。本日はあくまで、王家の皆様とルス神様がいかに慈悲深いかについてお話しするだけですわ」
副光主は、本心からそう思っているようで、余裕の笑みを崩さず、優雅に髪を整えている。
馬車が、王宮の最深部、貴族院が開催される大広間のある建物の正面玄関で静かに停止した。
御者が扉を開けると、そこには王家の役人たちが、まるで処刑台に上る囚人を迎えるような、強張った表情で並んでいた。
「さあ、リュンヌ、降りるわよ。……虚飾で塗り固められた『王家の決算報告会』、私たちが一気に債務超過させてやりましょう」
ルナはリュンヌの手を引き、石畳を力強く踏みしめた。
その瞳は、もはや碧色の神官のそれではなく、真実という名の「執行官」の光を宿していた。
入口には質素だが清潔感のある侍女が控えている。
「光主様をはじめ皆様、ご苦労様でございます。」
リュンヌはその宮殿の豪奢さに圧倒される。
ルナは人には興味がないようで調度品を品定めするような目をする。
光主が
「またはじめたな、お前は」
と呆れた声を出す。
「当然でしょ。人間は嘘をつくし、粉飾もするけれど、歴史ある調度品は嘘をつかないもの」
ルナは光主に今さらなにをという顔をする。
「この花瓶一つとっても、王家の『見栄という名の維持費』がどれだけ計上されているか、一目でわかるわ」
ルナは迎えの侍女には視線すらくれず、廊下に並ぶ大理石の彫像や金細工を、不良債権の担保評価を下す執行官のような冷徹な目で見つめる。
彼女にとって、この豪華絢爛な宮殿は「信仰の場」でも「権威の象徴」でもない。
ただの、非効率に積み上げられた「実体のない固定資産」の山に過ぎないのだ。
「……ルナ、……すごい、キラキラ。……壁も、……床も、……全部、お宝?」
リュンヌは、自分の育った環境とはあまりにかけ離れた、眩しすぎる富の集積に気圧され、薙刀の柄をさらに強く握りしめた。
その怯えるような瞳は、ここが人々を「使い潰そう」とした者たちの巣窟であることを本能的に察している。
「リュンヌ、惑わされないで。これら全てはね、国民から吸い上げた税金という名の『強制搾取』で塗り固められただけの、空っぽの虚飾よ」
ルナの声は、宮殿の静謐な空気を切り裂くように低く響く。
光主は、幼い頃から変わらぬその「徹底した実利至上主義」の少女の横顔を見て、呆れたように、しかしどこか懐かしそうに肩をすくめた。
「……フン。幼い時分から、変わらんな、お前は。誰もが、畏怖し、跪くこの場所で、資産価値の、計算を、始めるとは」
「畏怖? 無意味ね。光主様、私が恐れるのは『倒産』と『機会損失』だけよ。さあ、案内して。」
ルナは心底楽しそうな声を出す。
「この豪奢な『粉飾決算書(宮殿)』のどこに、あの汚い『勇者という名の偽造手形』が隠されているのか、早く暴きに行きたいんだから」
案内の侍女は、光主への畏敬の念と、ルナのあまりに不遜な態度への困惑が混ざった表情で深く頭を下げ、一行を「申し開きの場」へと導いた。
ルナの靴音だけが、王家の欺瞞を拒絶するように、磨き抜かれた床に高く、鋭く反響していた。




