巨大な虚飾の市場
「逃げたんじゃないわ」
ルナはリュンヌに確信を持って告げる。
「所在不明にすることで、王家は彼の『不祥事』を闇に葬り、都合の良い時だけ『勇者』として再上場させるのよ」
ルナは、その仕組みをほぼ見抜いたかのようだ。
『追伸、ルナさん、あなたが何のためにこの男にものを頼むつもりかは分からない。』
『あの家の対応をしている友人からは魔法を発見した男を使いつぶしたのもあの家と聞いています。王都はそういう街、気をつけて』
「……流石、我が町のギルドマスター、現場をよく分かっているわね。余計な『友情という名の無償サービス』まで付けてくれるなんて」
ルナは手紙の追伸部分を指先でなぞり、吐き捨てるように言った。
その瞳には、警告への感謝よりも、王家という組織の「非人道的な資産運用」に対する底冷えするような軽蔑が宿っている。
「魔法を発見した功労者を使い潰してポイ捨て(デッド・アセット化)……。」
流石のルナも一瞬言葉を失う。リュンヌの顔色が悪い。
「あの家は、才能という名の『流動資産』を、自分たちの権威を維持するためだけの『消耗品』だと思っているわけね。」
ルナは王家の本質をそう評する。
往々にして、権力者なんてそんなものだと感じてはいたが。
「あまりに非効率で、反吐が出るわ」
ついルナにしては珍しい情緒交じりの言葉が漏れる。
「……ルナ、……王都、……怖い。……みんな、……道具に、……される?」
リュンヌが不安げに袖を引くと、ルナはその手を力強く握り返した。
「大丈夫よ、リュンヌ。そいつらがやってることは、ただの強引な『資産の収奪』。まともなガバナンスが効いていない証拠だわ」
ルナはその辺のゴロツキと同列と評し、リュンヌの不安をやわらげようとする。
「……でも、一つだけギルドマスターの忠告は聞き入れてあげる。『王都はそういう街』」
リュンヌは、ルナの顔をみた。いつもと同じ表情、気負いもない。少し安心する。
「つまり、あらゆるものが『政治的な思惑』で粉飾された巨大な虚飾の市場なのよ」
ルナは窓の外、王都の空を見上げ、不敵に笑った。
ルナは午後に、光主に面会を申し込んだ。
即時、了承が下りた。
「……この追伸、一文のせいで、あなたの提示した案件の『時価』が跳ね上がったわよ、光主様」
ルナは光主の前に、ギルドマスターからの手紙を叩きつけた。
彼女の指が、魔法を発見した男を使い潰したという記述を、冷徹に、そして執拗に叩く。
「才能を収奪し、不都合になれば廃棄(損切り)する。」
ルナはその態度と裏腹に言葉は淡々としている。
「王家のこの卑劣な『アセット・マネジメント』を知って、私がただの『人探し』で納得すると思っているのかしら?」
そしてここまでの調査結果をルナは思い返す。
「申出書に書かれた被害者の数、そして使い捨てられた功労者の恨み……」
そして、光主に向かって意見をぶつけた。
「それらすべてが、王家の帳簿に眠る巨大な『潜在債務』よ」
光主は、ルナの鋭い追及に反論することなく、ただ深いため息と共に苦笑を漏らした。
「……相変わらず、耳が早い。その男の件は、我が教団でも、『触れてはならない損失』として、処理されていたものだ。」
光主はあっさりと事実と認めた。
そして、本音とも冗談ともつかぬ態度で言い放った。
「知らぬまま事を運べればお前の日常も、……乱されずに済んだのだがな。」
そして、光主は話を続けた。
「その男は、本人曰くは頭の中で凄まじい計算をする事で自在に火炎を出せると言っていた。」
光主の脳裏に記憶が蘇っているようだ。
「事実、男が言葉を発するだけで火炎が立ち上った。信じられないだろうが。」
光主はルナに語る。
ルス教も目をつけていたこと。
無論『治癒魔法』という荒唐無稽なものを得ようという野望もあったこと。
しかしそれ以上に『奇跡』というものを宗教は欲したこと。
だが、現実的な利をもって王家が先に自らの懐に取り込んだこと。
男が自らの演算式を普及させる夢を持っており、王家に十分な資金を与えると誘われたこと。
そして、いくつかの王家昵懇の貴族の不祥事の隠蔽に王の命で加担し力を何度も使ったこと。
ルナは光主の語る男の人生を分析した。
「……頭の中で凄まじい計算を走らせて、事象を上書きする? 」
ルナはほんの少しだけ興味を持った顔をする。
超自然現象とは若干相違すると思ったからだろう。
「……ふん、荒唐無稽なオカルトかと思ったけれど、今の話、少しだけ私の『専門領域』に掠ったわね」
ルナは光主の言葉を鼻で笑い飛ばそうとして、途中で思い直したように腕を組んだ。
彼女の真っ青な瞳が、まるで複雑な数式を解読するかのように細められる。
「いい? 魔法がもし『熱量』と『変換効率』の産物と仮定して考えてみて。」
ルナは光主に語りかける。
「その男は頭脳を高速演算機として運用して、世界の物理法則という名の『帳簿』を無理やり書き換えていたのよ。」
光主が理解しているかどうか、ルナは相手の顔をじっと見る。
「……つまり、彼は独力で『高頻度取引(HFT)』を行っていたようなものだわ」
ルナは机を指先でトントンと叩き、その「非効率な代償」を即座に弾き出す。
「でも、人間の脳という脆弱なハードウェアに、それだけの高負荷をかければどうなるか。
「……結果は明白よ。システムは熱暴走を起こし、精神は物理的に損壊する。」
ルナはまるで機械の取扱説明書を読むように言った。
「王家はその男を『便利な出力装置』として限界まで使い倒し、メモリが焼き付いてゴミになった瞬間に廃棄した……。そういうことでしょう?」
「……左様。……男は最後、は全く演算できなくなった。」
光主は更に付け加えた。
「王家は、……その焼け跡から幽閉する事で『男の正常な心』すら、……掠め取っていったのだ」
ルナの思考が、一瞬で凍りついた。




