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姓は『ミツミ』

「……内緒、……助かる。……ルナ、……知ると、……うるさい。……家柄の、……換金性、……調べ出す」


「ふふ、そうですね。ルナ同志なら『名家の看板』を担保に、王都の銀行から融資を引き出し兼ねないですね」


副光主の冗談めかした言葉に、リュンヌの肩の力がわずかに抜ける。


過去という名の「重荷」を抱えた自分を、この少女はただの「友人」としてポートフォリオに組み込もうとしている。


「……私、……ただの、……護衛。……でも、……よろしく。」


差し出された小さな手。リュンヌは、先日、母の形見の薙刀を握った時と同じ緊張感で、その温かな「未来への投資」をそっと握り返す。


「……姓は……ミツミ。……満ちる、海。……お母さん、……そう、言ってた」


リュンヌは指先で、空中にその文字をなぞった。脳裏に浮かぶのは、潮騒の音と、自分を抱きしめる温かな腕の感触。


それはルナが言う「減価償却」とは無縁の、決して目減りすることのない記憶の資産だ。


満海ミツミ……。水平線の先まで慈愛が満ちる、素晴らしいお名前ですね。その『素敵な響き』、大切になさってください」


副光主は、リュンヌの心の揺らぎを優しく包み込むように微笑んだ。


「……ルナには、……内緒。……あいつ、……名前の画数で、……運勢の期待値、……計算し始める。」


「ふふ、間違いないですわね。」


副光主は楽しげに笑う。悪意の欠片もない笑顔だ。


でも、あなたが自分の『価値』を思い出されたこと、ルナ同志もきっと喜びますよ。それがあの方にはどれほど非効率なものだったとしても」


リュンヌは、胸元の黒い花にそっと触れた。


かつては重荷でしかなかった過去が、今は自分を支える確かな「資本」として、静かに胸の奥で息づき始めていた。


ルナと光主は面と向かって座る。


「銭導士という階位名をつけて頂き、感謝しております」


ルナが口火を切る。


「それは過去、王の前に君を見世物として連れて行った私への嫌味かな?」


光主は返す。


おおよそ聖職者の会話しかも片方は崇め奉られるトップとのやり取りと思えない


「嫌味? まさか。過去の事象はすべて『埋没費用サンクコスト』だわ。執着するだけ時間の無駄よ」


ルナは光主の視線を正面から受け止め、優雅に足を組み替えた。


聖職者の最高権威を前にしても、彼女の態度は不敬を通り越して、対等なビジネスパートナーのそれだ。


「『銭導士』という肩書きは、教会の不透明なキャッシュフローを適正化する、最高の免罪符ライセンスだわ。」


ルナは不遜に笑う。


「これを与えてくれたあなたの判断には、相応の『配当』で応えるつもりよ」


「……相変わらず、可愛げの欠片もない。……だが、その濁りのなさが、今の滞留したこの国には劇薬か。」


光主は自嘲気味に肩を揺らした。神の教えを数字で語る、かつての「面妖な幼女」。


その劇薬のような存在感は、成長し目の前に可憐な花として現れてもなお、より力強さを増していると光主は実感する。


「それは、そうと私が日常を乱されるのが最も嫌がるのをわかっていての呼び出しとはなんなのよ?」


とルナは光主に向かって言う。


光主の顔を見て、幼少時に自分を連れて歩いたあの時の神官と気づいた時から、畏怖は一切なくなっている。


光主は前置きした。


「これから言う仕事をやり遂げてくれれば大聖堂に、『私』は二度とお前を呼ばん」


「二度と呼ばない? ……それは、向こう数十年の『独占交渉権』を放棄するという不利益確定宣告プロフィットアラートかしら?」


ルナは睫毛を伏せ、芝居がかったため息をついた。


その瞳は、もはや目の前の権力者を「敬意を払う対象」ではなく「無理難題を押し付けてくる面倒な大口クライアント」として再定義している。


「いい? 呼び出しの二日間で私の日常ルーティンは損壊し、サンクコストは積み上がる一方」


ルナは不満をたらたらこぼす。


「その埋め合わせに足る『超高利回り』な案件なんでしょうね」


光主は、ルナの容赦ない言葉の礫に苦笑いを浮かべ、テーブルの上の資料を指先で叩いた。


「……相変わらず、口から出るのは、呪文ばかりか。だが安心しろ。」


光主は真剣な顔で言う。


「この件を成せば、お前が愛してやまない『住み慣れた街での静寂』という資産を、『私』は永劫に保障しよう」


そして、光主は付け加える。


「ただし、私は呼ばないだ。副光主は保証せん。」


ルナが唇を尖らせる。


「あんたと副光主さまじゃ呼び出しの質が違うわ」


光主はプッと吹き出す。


「副光主の……ひか様の呼び出しは、『不確定要素』が多すぎる事間違いないわ。」


ルナは少し赤くなって言う。


「今日会ってわかったけど、あの子の感情優先なロジックに付き合わされると、私の経営資源が底をつくわ」


ルナは眉間を押さえ、深刻な「コスト増」を懸念するように首を振った。


光主がウケたのは、正義感満載少女に振り回されるルナを想像したからだ。

だが、光主は態度をすぐに戻し交渉を続ける。


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