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包容力という名の巨大資本

「副光主よ、ここからは私とルナ同志の……」


と光主が現れ声をかけて来た。

が、リュンヌを見て目を見開く。


しかし、すぐに普通の顔に戻り副光主に告げる。


「重要な会談につき我々二人で行う、副光主はルナ同志の護衛の方にお茶のご接待を」


と告げた。


「……光主、……今、……目、……泳いだ。……私、……何か、……ついてる?」


リュンヌは背負った薙刀の感触を確かめながら、王都の頂点に君臨する男の視線を真っ向から受け止めた。


一瞬の動揺、そして塗り固められた無表情。その微かな「ノイズ」を、野生の勘は見逃さなかった。


「あら、光主様。私の護衛をそこまで厚遇してくださるなんて、相応の『接待交際費』を予算に組み込んでよろしいのかしら?」


ルナは光主の不自然な反応を即座に「交渉のカード」としてストックし、聖女の微笑みを崩さずに追撃する。


「……ルナ、……任せた。……お茶、……毒、……入ってないよね?」


「流石に失礼よ、最高級の茶葉アセットを堪能してきなさい。私はここで、この狸……いえ、光主様と有意義な『損益計算』をしてくるわ」



子犬のような副光主の手に引かれ、リュンヌは回廊の奥へと連れ去られる。


背後で閉まる重厚な扉。密室に残されたルナと光主の間で、冷徹な火花が散り始めた。


副光主は


「ルナ同志の護衛にお付きになられてからはどのくらいになられますか?」


と言葉遣いも改まり、聖女の顔になる。


「……一年、……ほど。……ずっと、……一緒」


リュンヌは、副光主が放つ「上位個体」特有の静かな威圧感に、思わず薙刀の柄を握り直した。


さっきまでの「わんこモード」は、ルナという特定の鍵でしか開かない擬態だったのだ。


「一年……。あの方が、一つのものに一年も拘るなんて。よほどの『魅力』があなたにあるのでしょうか、それとも……」


副光主の鋭い視線が、リュンヌの胸元の黒い花の彫り、そして鍛え上げられた指先のタコを射抜く。


それは友人を案じる少女の目ではなく、資産の価値を品定めする経営者の目だ。


「……ルナ、……私を、……選んだ。……私も、……ルナ、……守る。……費用、……度外視」


「費用度外視? くふふ、ルナ同志の隣でそんな非効率なことが許されている。あなた、本当にとんでもない『絆の持ち主』ですのね」


再びふわりと微笑んだ副光主だが、その瞳の奥には、ルナの隣に立つ者に相応しい強さを測るような、情熱な光が宿っていた。


「お名前は?」


と副光主は聞く。


わんことして主人の付き人を調査する気満々だ。


「……姓、……ない。……ただの、……リュンヌ。」


絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


副光主の放つ、慈愛という名の「高精度な鑑定眼」が、リュンヌがひた隠しにしてきた空虚な戸籍を暴き立てる。


「あら、そうなのですね。でもその薙刀、そしてその黒い花の紋様……。」


副光主は興味をそそられた顔で続ける。


「東方の古い血筋には、名誉という名の『無形資産』を姓に刻む方々がいると聞き及んでおりますわ」


副光主の言葉は、まるで鋭いメスのようにリュンヌの記憶の澱を切り裂いた。


「……紋章、……ただの、……飾り。……お母さんの、……お守り。」


「お守り、ね。……ふふ、ルナ同志があなたを隣に置く理由、少しだけわかった気が致しますわ」


年下の少女が見せる、底知れない知識の深淵。


リュンヌは、母の面影と共に封印したはずの「何者かであった自分」という古い帳簿が、勝手に更新されていくような恐怖を覚えた。


副光主は明るく微笑んで言う。


「顔に出ていらっしゃいますよ。姓をお持ちと」


そして促す様に言う。


「別にそれで何かは起こりません。ルナ同志にも言いません。ただリュンヌさんとも、今後もお付き合いさせて頂きたいそれだけです」


「……副光主さま、……鋭い。……心の中、……見られてる。」


リュンヌは、喉元まで出かかった否定の言葉を飲み込んだ。


この年下の少女が湛える微笑みは、ルナのそれとは違う。


損得ではなく、もっと純粋で、抗いがたい「包容力」という名の巨大資本だ。



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