呼び出され王都
街の冒険者ギルドマスターが交代してから1ヶ月後。
「だいたい呼び出しておいて、会うまで二日待てってどういう事よ。何様よ何様!」
ルナは機嫌が悪い。
「……光主……さま……。」
当たり前の答えをリュンヌは言う。
「あのねえ、悪口もわかんないの?あんたは!」
王都のルス教本部が手配した宿の一室は騒がしい。
「不敬……ルナ、捕まる……。私、守りきれない……」
リュンヌは溜息をつき、王都と言う事で気合を入れて持って来た母の形見の薙刀の石突で床をトントンと叩いた。
なだめるようなそのリズムも、今のルナには「機会損失の音」にしか聞こえないらしい。
「いい? 王都の一等地で二日間も完全拘束。この空き時間の経済的損失を誰が補填するのよ!」
ルナはベッドにダイブし、高級なシーツを執拗に蹴り飛ばした。
「『光主』だかなんだか知らないけど、私の時給は教会の憐憫浄財より高いんだからね!」
憤怒に震える銀髪。だがその瞳は、怒りの中にも次の「請求書」の項目を冷徹に計算している。
「……ルナ、……顔が、……悪いえらい人。……とりあえず、……お茶淹れる。……高い方の。」
「当然よ。減価償却の一環として飲み干してやるわ!」
営業用聖女の仮面をどこへやら、銀髪の少女は王都の静寂を効率的に破壊し続けていた。
リュンヌはこの1年ほどの付き合いで、ルナが毎日の習慣が崩れる事をかなり嫌う事が理解出来てきた。
「……ルナ、……落ち着いて。……これ、……休暇。……普通なら、……ご褒美。」
リュンヌは白茶けた顔で叫び続ける相棒を、憐れみの混じった瞳で見つめた。
世の冒険者や神官たちが喉から手が出るほど欲しがる「王都の高級宿での二日間」。
だが、ルナにとっては習慣という名の『盤石な運用益』を奪われる、最悪のシステムエラーでしかない。
「ご褒美なわけないでしょ! 予定外の二日間のせいで、私の完璧な中長期成長戦略が、ただの『塩漬け案件』に成り下がってるのよ!」
ルナは枕を掴んでリュンヌに投げつけようとしたが、その枕の刺繍を見る。
「……これも備品ね。損壊させると弁償費用が発生するわ……」と、寸前で動きを止めた。
怒り狂っていても損得勘定のブレーキだけは焼き付かない。
「……ルナの、……ルーティン、……鋼鉄より、……硬い。……折れると、……うるさい」
「うるさいって言わないの! これは適正な不服申し立てよ! ああもう、今すぐ外に出て、いつもの部屋に帰りたい……!」
窓の外、平和に賑わう王都の街並みを、ルナはまるで「未開の荒野」を見て絶望したような視線で睨みつけていた。
一方のリュンヌはご機嫌だ。
成長した事で窮屈になった革鎧を王都で買い換え、先ほどお願いしていた細工も完成したという事で受け取りに行ったからだ。
「なんで金属製にしないのよ。ったく!」
ルナの八つ当たりは無視だ。
「……金属、……重い。……これ、……柔軟性、……軽い……大事」
リュンヌは新調した革鎧の感触を確かめるように、そっと胸元に手を添えた。
左下に刻まれた黒い一輪の花。母の形見と同じ意匠が、王都の職人の手で鮮やかに蘇っている。
「柔軟性じゃなくて、リセールバリューの問題よ! 彫りなんて入れたら、中古市場での買い手が限定されるじゃない!」
ルナの罵声は、もはや心地よいBGMだ。彼女が「資産価値」について騒ぐのは、今の生活に余裕がある証拠でもある。
「……ルナ、……これ、……私の、……あいでんてぃてぃ。……ぷらいすれす。」
リュンヌは少しルナに毒されてきている。
「横文字で誤魔化さないの! ああもう、その彫り代の元を取るために、明日からの会談ではガッツリ利益を上乗せさせてもらうわよ!」
不機嫌そうに、けれどリュンヌの満足げな横顔を見て、ルナは小さく鼻を鳴らした。
結局、彼女が一番「損」をしたくないのは、相棒の笑顔なのかもしれない。
「ったく!食事は自分で作れない、大浴場は大きすぎる、階段は余計に上がらないとダメ、やたら掃除にくる。何から何まで最悪よ」
「……それ高級……だから」
なんてツッコミはリュンヌは避けておいた。
「とにかく明日、用事を聞いたらさっさと街へ帰るんだから。」
ルナはベッドのうえで横になると布団をバンバンした。
「……ルナ、……暴れないで。……高級羽毛、……舞う。……吸い込むと、……二人とも咳出る」
リュンヌは、八つ当たりでボコボコにされる無罪な布団を保護するように、その端をそっと押さえた。
ルナにとっての「至高」は、豪華な設備ではなく、自分の裁量で全てをコントロールできる『最適化された日常』なのだ。
「掃除の回数が多いってことは、それだけ人件費を無駄に投入してるって証拠よ! 私なら半分の人数で、倍の回転率を叩き出してみせるわ!」
布団に顔を埋めたまま、ルナの声がこもって響く。
王都のホスピタリティすら、彼女のフィルターを通せば「非効率なコストの塊」でしかない。
「……明日、……光主様、……会う。……用件、……即決。……すぐ、……帰る。……約束。」
「当然よ! 滞在時間が一分延びるごとに、私たちの機会損失が複利で膨れ上がってるんだから!」
ようやく動きを止めた銀髪の少女は、芋虫のように布団にくるまる。
そして、天井の豪華なシャンデリアを「売却価格」で見積もるような目で睨みつけながら、無理やり眠りにつこうとしていた。




