副光主(ひかさま)の丸文字
「私が直々に、新しい『評価基準』を書き換えて差し上げる必要があるようですわね」
「……ひかさま……」
老神官が、なんとか諫めようとし声をかけようとする。
「……分かっていますわ。私一人の義憤で、即座に強制執行を行うのが得策でないことくらい」
副光主は、はやる気持ちを抑えるように深く吐息をついた。
周囲の神官たちが
「夢々、独断で動かれぬよう」
と優しく、しかし釘を刺すように諫めるのは、彼女の正義感が時として「適正コスト」を度外視して暴走しかねないことを知っているからだ。
「まずは、その光士……ルナ同志が、現地でどのような動きを見せ、どのような防衛策を講じたのか。その精査報告を確認するのが先決ですね」
副光主は、ルナから届いた書状の文面をなぞった。
「彼女は『悪い噂が立つ前に、ギルドのためにも対処いたしたく頑張っております』と書いている。」
副光主は少女っぽくない冷静さを見せる。
「つまり、現場ではすでに彼女が『不採算部門の立て直し』に奔走しているということだわ」
知恵袋の老神官が、満足げに頷く。
「さようでございます。まずは事実関係を照合し、その上で光主様へ正式な上申をなされるのが、最も確実な『正義』の通し方かと」
お付きの神官全員がホッと一息つく。
「ええ。光主様のお耳に入れる前に、こちらで完璧な証拠を揃えて差し上げましょう」
副光主は宣言した。
「……命を宿した女性を路頭に迷わせるような不条理なルール、この私が根底から覆してあげるわ」
副光主の瞳に宿った静かな炎は、消えるどころか、より洗練された「冷徹な意志」へと昇華されていた。
(待っていて、ルナ同志。あなたの守ろうとしている『新しい命』、この私が本部という巨大な力をもって、最高の祝福を約束してあげます。)
彼女は即座に、ルナへの「詳細な現状報告」を求める返信の準備を命じた。
副光主が返信をしたためた2日後。
リュンヌとルナは教会に呼び出された。
「親愛なるルナ同志、書状を読みました。私が動くため、経緯を詳しくお伝えください」
手渡された書状に躍っていたのは、ルス教のナンバー2という重々しい肩書きからは想像もつかない、少女らしい丸みを帯びた筆致だった。
だが、その行間からは隠しきれない「義憤」と、実務を動かそうとする「執行力」の熱量が伝わってくる。
「……ふふっ。思ったより食いつき(レスポンス)が早かったわね」
ルナはしてやったりという顔で一読した。
「しかも、公式文書というよりは、個人的な関心に基づいたダイレクトメールかしら」
ルナは書状の丸い文字を指先でなぞり、不敵な笑みを浮かべた。
隣で控える大教会長が、事態の裏側をすべて見透かしたような、どこか楽しげな「半笑い」を浮かべているのも、計算通りだ。
「大教会長様。本部の聖騎士様が特使としていらっしゃるとは、市場の注目度が予想以上に高まってしまったようですわね」
ルナはしれっとした顔で言い放つ。
だが、脳内ではすでに「副光主」という強力な個人投資家を納得させる、完璧な事業報告書を構築し始めていた。
「……ルナ。……その文字、可愛い。……でも、……内容は、……怖い」
リュンヌはいつもの相棒の感触を確かめながら、
手紙の感想を素直に言う。
だが「丸い文字」が、ギルドマスターという不良債権を粉砕する「最終判決」に変換される恐怖に、静かに身震いする。
「さあ、聖騎士様。副光主様が満足されるような、返信をしたためますのでお待ち下さい」
そう言って本部から来た聖騎士に頭を下げた。
「最高に不条理で、かつ救済のしがいがある『現場報告』できそう」
リュンヌはその言葉にこの銭ゲバ絶対いい死に方しないと思う。
「……この街のギルドが、どれほど『不浄なコストカット』に勤しんでいるか、詳細にね」
ルナは、まるで緻密な損益計算書を作成するかのように、冷静かつ狡猾にペンを走らせた。
【返信の要旨:現状報告書】
「誤報(情報の修正)」の謝罪
まず、友人の懐妊については「私の確認不足による誤報」であったと潔く謝罪。
これにより、虚偽報告という「潜在的リスク」を帳消しにし、誠実な情報開示を装った。
第1フェーズ:事務方の産休・育休提案
自身の「人材育成紹介所」から代替要員を派遣する条件で、事務職員の福利厚生向上を打診。
しかし、「冒険者(現場)と差がつく」という不平等感(格差)を理由に、ギルドマスターに一蹴された事実。
第2フェーズ:全体最適案の提示
ならばと、冒険者も含めた包括的な共助システムを提案したが、「実現不可能」という思考停止で門前払いされた事実。
第3フェーズ:対話拒否
最終的に、建設的な協議を求めても「会うことすら拒否」され、組織としてのガバナンスが完全に崩壊している現状。
「……よし。これで、嘘は『誠実な訂正』に上書きされたわ」
いや嘘は嘘だよねとは誰も突っ込まないし、そもそも自分自身が嘘つきと認める神官がどこにいる?とリュンヌと大教会長は苦笑する。
「あとは、ギルドマスターがいかに『対話を拒む無能な独裁者(不良債権)』であるかという事実だけが残る……」
「完璧なポートフォリオね」
ルナは満足げに銀髪をかき上げた。
「……ルナ。……懐妊、……なかったことに……した。……でも、……マスターの……悪行、……増えてる」
リュンヌは、ルナが「誤報」という免罪符を使いつつ、実態としての「ギルドの不誠実さ」をさらに際立たせた手腕に、戦慄すら覚えた。
「当然よ。懐妊が誤報だろうと、ギルドマスターが『改善の提案を握りつぶし、対話を拒絶した』という事実は変わらない」
リュンヌもそこはそうだと納得する。
「むしろ、懐妊という緊急事態がない平時でさえこの対応なら、組織の腐敗はより深刻だという証明になるわ」




