作られた「風の便り」
草案から目を離すとルナは不敵に口角を上げた。銀色の瞳が、市場の急所を射抜く投資家のように鋭く光る。
「光主様へ直接書状を出すこともできるわ。でも、今の局面で動かすべきメインバンクはそこじゃない」
ルナは何かを思いついた顔をする。
「最高責任者(CEO)を動かすには、現場を統括する実務責任者(COO)を味方につけるのが定石よ」
ルナが目標に定めたのは、ルス教の若きナンバー2、副光主だった。
「……副光主さま。……女の子。……厳しい……って聞く」
リュンヌがおずおずと口を挟むが、ルナはさらさらと羊皮紙に「特別な広報戦略」を書き進める。
「厳格な人ほど、自分自身の『QOL(生活の質)』の向上には敏感なものよ。」
副光主と自分を一緒にするか?とリュンヌは少し呆れる。
「彼女、領主夫人経由で手に入れた私たちの『聖女の祝福』を、相当気に入って愛用しているっていう未公開情報があるでしょ」
衛生用品という名の「生活革命」。それは一度味わえば、二度と以前の不便な生活(コスト高)には戻れない禁断の果実だ。
「……確かに副光主さま、……私たちの……使ってる。……なら、……話……通じる?」
「ええ、通じるどころか、彼女にとって私たちは『最高のサプライヤー』よ。自分のQOLを支える聖女からの直訴……。」
感情を無視する人間が?愛用者の感情を揺さぶろうとしている矛盾にはリュンヌは気づいていない。
「これが『風の便り』として本部に届けば、ギルドマスターという不良債権の強制決済なんて、秒読み段階に入るわ」
ルナは完成した書状に、自身の光士(こうし」)としての紋章を刻印する。
「それとね……厳しいっていうより、正義感が強いんじゃないかしら。お嬢さまだろうから、曲がったことは許せないタイプ。……多分ね」
ルナは銀髪を指で弄りながら、まだ見ぬ副光主のプロフィールを脳内でプロットしていく。
「……ルナ、……会ったこと……ないのに。……勝手に、……決めてる。」
リュンヌが少し呆れたように呟くが、ルナは不敵な笑みを崩さない。
「投資っていうのはね、公開されている経歴から性格を読み解くゲームなのよ」
確かにこの書状が意味をなさずとも、ルナは全く困らない。確かにゲームだ。
「ルス教の上位職の家系で、自分たちより少し年下……。」
ルナは、自分にはない感情を持つエリート少女の分析を続ける。
「その若さでナンバー2に座るようなエリートなら、利害関係にまみれた妥協より、理想という名の『正義』を優先するはずよ」
ルナは断言した。自身の「聖女の祝福」を愛用しているという嗜好性と、その家柄から導き出される「潔癖さ」という仮説。
「……正義感。……ルナの、……勝手な……予想。」
「予想じゃないわ、確信よ。彼女にとって、この街のギルドの腐敗は、自分の愛用するブランドを汚す不純物でしかない」
リュンヌは、なんで確信したように言えるのか謎すぎると思うがルナの様子に口をつぐんだ。
ルナがさらさらと書き上げた書状の内容は、恐ろしいほどに簡潔で、かつ急所を突いたものだった。
【書状の要旨】
「聖女の祝福」を愛用いただいていることへの謝辞。
開発を共にした友人の知り合いの女性冒険者が、「懐妊」を理由に失職の危機にあるという(作り話の)悲劇。
「新しい命」は祝福されるべき資産であり、ギルドに**「悪い噂」**が立つ前に、組織のために解決したいという建前。
つきましては、副光主様からの**「ご祝福(公的な介入)」**を賜りたいという要請。
「……ルナ。……嘘、……ついてる。……友人、……子供、……いない。」
リュンヌは書面を覗き込み、そのあまりにも堂々とした「架空の債権」に戦慄した。
「嘘じゃないわ、戦略的な演出よ。」
ルナに全く悪びれる様子はない。
「潔癖なお嬢様に『正義の鉄槌』を振り上げさせるには、これくらい分かりやすい不条理が必要なの」
ルナは銀色の瞳を細め、不敵に笑う。
「『女性が子を宿すのは喜ばしいこと』……。このフレーズ、ルス教の教義的にも、若い彼女の感性的にも、絶対に無視できないはず。」
ルナは半笑いである。
「狸凡人という不良債権を、一気に『公序良俗に反する社会悪』に格付け(ダウンレター)してやるわ」
「……副光主、……怒る。……マスター、……終わり。」
「ええ。彼女の『祝福』という名の公式文書が届けば、それはもはや神罰と同じ。」
リュンヌは確かにそうだと納得する。
「王家やギルド本部も、ルス教ナンバー2の『お怒り』を買ってまで、一地方の凡人マスターを庇うようなハイリスクな真似はしないわ」
ルナは完璧な封蝋を施した。
ルナは、自分に心酔しきっている聖騎士に
「これは聖女としての公的な義務です」
と説き伏せ、正式な光士の親書として、ルス教大聖堂本部へ書状を託した。




