謀略のネタと懇願
「そうそう、光主様は当然に王家とはご昵懇。冒険者ギルドは王家が管理している側面が大きいと聞いたことがありますね」
あくまでも、雑談の話題として情報を混ぜてくる大教会長。
以前のルナとの交渉時とは違い、ルス教上層部とのやり取りで交渉術を身につけつつあるようだ。
出世の賜物である。
「まあ、光主様はご多忙ゆえ、そのような些事に関わるとは思えませんが」
ルナに釘を刺すことも忘れない。
ルナは以前との差に吹き出しそうになるのをこらえる。
「……あ、これも風の便りで聞いただけで、真実かどうかは不明ですよ、ルナ同志」
大教会長はあくまで「噂話」の体を崩さず、おだやかな笑みを浮かべた。
だが、その言葉に含まれた「王家」と「ギルド」の力関係という情報は、ルナにとって最大級のレバレッジ(梃子)になり得る劇薬だった。
(……王家。ギルドの管理責任。そして、ルス教の頂点である光主様とのコネクション。……出来すぎた投資環境じゃない。)
ルナは内心で舌なめずりをした。一地方のギルドマスターという「不良債権」を処理するために、王家という巨大資本の監査を呼び込む。
そのトリガー(引き金)を引くのは、他ならぬ教会の「風の便り」というわけだ。
「……光主様が些事に関わらないとしても、その『風の便り』がどこに届くかで、市場価値は大きく変動しますものね。」
ルナは無難な言葉を選びつつ、回答の内容をまとめ復唱した。
「大変参考になりましたわ、大教会長様」
ルナは聖女のような完璧な礼を捧げながら、脳内の収支報告書を書き換えた。
ギルド内部の反乱が不発なら、より上位の「親会社」から直接、業務停止命令を叩きつければいい。
彼女の銀色の瞳には、すでに「狸凡人」を市場から強制退場させるための、冷徹なシナリオが完成しつつあった。
「掲示板の寄付も、堆肥の売上の寄付も……大変助かっておりますよ、ルナ同志。」
大教会長は以前にこの街の教会の寄付増加により、自身もルス教の上層部10名入りした礼を暗にルナに再度述べる。
「そして、あの『聖女の祝福』の寄付も。さらなる神のご加護を受け、あなた様に大いなる祝福がありますように」
大教会長は穏やかに目を閉じ、深々とした祈りを捧げた。
それは単なる謝辞ではなく、ルナが教会にもたらした具体的な「利益」に対する、宗教的な承認の付与でもあった。
「……当然の社会的責任を果たしたまでですわ、大教会長様。」
あくまで謙遜し続けるルナ。
「教会の健全な運営は、信徒の安心という最大のリターンを生みますもの」
ルナは慈愛に満ちた聖女の微笑みを浮かべ、つつましやかに頭を垂れる。
その実、脳内では寄付という名の「先行投資」が、教会の信用という形で着実に回収されつつあることを確認していた。
「流石は聖女ルナ様! なんという無私無欲な御心……! 尊い、あまりにも尊い……!」
その横で、護衛の聖騎士は相変わらずの感涙にむせび、崇拝の眼差しを向けてくる。
ルナはその熱視線を「低コストな防衛リソース」として平然と受け流しながら、大教会長の祈りの余韻に浸るフリを続けた。
(……聖女のブランド価値は、今この瞬間も上昇中。これなら『王家』への風の便りも、より重みを増すはずだわ。)
祈りの静寂の中で、ルナは冷徹に次なる「市場介入」の計画へ頭を切り替えつつ教会を辞した。
ルナが宿の部屋に戻ると、リュンヌがいつになく浮かない顔で帰りを待っていた。
「……ルナ。……さっき、ギルドの職員に……会った。……ルナに、もう来ないで……って。」
リュンヌは他人事と思えないといった風情だ。
「……マスターが、不機嫌。……女性たち、クビにする……って、脅されてる」
リュンヌが、若手職員から託された切実な願いとギルド内部の惨状を伝えると、ルナは表情一つ変えず、さらさらと手元の紙に何かを書き付けた。
「……そう。それなら、これを持って冒険者ギルドに行ってきてちょうだい」
リュンヌは無言で頷く。
「……それと、まだ日は高いわ。私はここで片付けるべき『事務処理』があるから、あなたは気晴らしでもして来たら?」
ルナは書き終えた紙をリュンヌに手渡し、どこか遠くを見据えるような、冷徹ながらも確信に満ちた笑みを浮かべた。
「そうそう、王都から武器の行商人が来ているらしいわ。」
ルナは、懺悔相談で街の人から聞いた情報をリュンヌに伝えた。
「なんなら経費で落としてあげるから、まともな槍の一本でも見てきなさいよ。」
そして、リュンヌに意外な言葉を投げかけてきた。
「……今のあなたの装備、減価償却の限界でしょう?」
「……経費。……槍。……ルナ、……太っ腹。」
リュンヌは渡された紙を大事にしまい込み、相棒の「投資」を素直に受け取ることにした。
ギルドの重苦しい空気から解放され、久しぶりに自分の得物と向き合うための時間。
今の彼女には何よりの「回復」になるはずだった。




