本音と本音
前回断られてから3日後、二人は新しい案の資料を持って冒険者ギルドを訪れた。
ギルドマスターは今回も表向きは丁寧に二人を迎え入れた。
しかし、彼は、差し出された羊皮紙を忌々しげに睨みつけた。
「……ルナ殿、言葉が過ぎますぞ。事務方の待遇改善すら状況的に厳しいと、以前の面会で合意を得たはずですが」
彼はわざとらしく溜息をつき、羽根ペンを置く。
その視線は、隣でナギナタを抱えて無言で立つリュンヌの威圧などどこ吹く風だ。
「それを現場の冒険者にまで広げるなど、もはや正気の沙汰ではない。その無収入の間の予算の出所もどこにあるとおっしゃるのか」
不機嫌を隠そうともしない声音。しかし、ルナは不敵な笑みを深くする。
「あら、話が噛み合いませんわね。マスターは前回『事務方だけ優遇すると冒険者と差がつく』と不公平を嘆いていらっしゃいました」
事実を淡々とルナはあげる。
「ですので、その懸念を払拭するスキームを構築して差し上げたのですよ?」
彼女は銀髪を軽く払い、計算し尽くされた動作で新しい資料の頁をめくった。
「これはコストの拡大ではありません。ギルド全体の『稼働率向上』と『離職率低下』による、中長期的な増益シミュレーションですわ」
「ふむ、確かに申し上げたのは事実。」
ギルドマスターは眉間に深い溝を刻み、机を指で苛立たしげに叩いた。
「しかしだ……ルナ殿、理想論だ。事務方と荒くれ者の冒険者を一律に扱うなど、現場の混乱を招くだけなのが分からんのですか!」
そんな泣き言を、ルナは真珠のような微笑でさらりと受け流す。
「あら、だからこそ伺ったのですわ。その複雑な利害を調整し、最適解を導き出せるのは、この街で唯一、英邁なるマスターだけですもの」
計算高い賞賛を、彼女は極上の香水のように振りまいた。
「どのみち即答はいたしかねますな。今日は取り込んでおりますゆえ、お引き取りいただけると助かりますな」
ギルドマスターは手元の書類に目を落とし、拒絶の意思を明確に示した。その声には、厄介払いを急ぐような焦燥が混じっている。
「あら、それは失礼いたしましたわ。お忙しいマスターの貴重なリソースを奪うのは本意ではありませんもの」
ルナは一切の未練を見せず、鈴を転がすような声で応じると、すんなりと席を立った。
あまりに鮮やかな引き際に、逆にマスターが毒気を抜かれたように顔を上げる。
「リュンヌ、行くわよ。……マスター、また『機が熟した頃』に」
ルナは優雅に一礼し、戸惑うリュンヌを促して執務室を後にした。
「……まったく、毎度毎度ゴミばかり増やしおって。羊皮紙の無駄だとは思わんのか」
執務室の扉が閉まるや否や、ギルドマスターは忌々しげに資料を机へ放り出した。
その横で、書類を整理していた勘定方の女性職員が、瞳を険しくさせる。
「よろしいのですか? 彼女は一応、我々が認定した名誉会員ですよ」
「ふん、名誉など飾りだ。出来んもんは出来ん」
彼は背もたれに深く体重を預け、勝ち誇ったような半笑いを浮かべた。
「事務方と冒険者の給与体系を同時にいじるなど、誰がどう見ても無理難題」
ギルドマスターは、勘定方の女性の存在を無視したかのように言葉を続けた。
「そんな貧乏くじを、なぜこの私が引く必要がある? 彼女には、身の程というコストを学んでもらうさ」
吐き捨てられた言葉は、閉ざされた部屋の空気を淀ませた。
「別におかしなことは書かれていないと思いますが。むしろ、理に適っているかと」
勘定方の女性は、羊皮紙に記された内容をおおよそ読み取っていた。
そのうえで、『女性冒険者における産休・育休の適用、および復帰支援スキーム』という野心的な項目に目を留め、思わず本音を漏らした。
数値化された損益分岐点は、驚くほど正確にギルドの長期利益を指し示している。
「……中身の問題ではないと言っているだろう!」
ギルドマスターは苛立たしく椅子を鳴らし、天井を仰いだ。
「変える苦労を、なぜ私の代でする必要がある。」
ギルドマスターの肩が余計な事を言うなと言っている。
「前例のない制度を導入して、現場の荒くれどもや保守的な本部を説得するコストを誰が払うと思っているのだ。」
ギルドマスターが組織で長期間生き延びてこれた考え方が言葉となっている。
「私はただ、任期を大過なく終えたいだけなのだよ」
半笑いで吐き捨てたその言葉には、組織の長としての矜持よりも、現状維持を望む怠惰な保身が透けて見えていた




