特別名誉会員動く
「……つまり、私が名誉会員として、ギルドの『人事規定』そのものを書き換える。」
いきなりの特別名誉会員モード発動である
「……これこそが、金貨20枚の本当の使い道ですわね?」
動き出したルナも、流石に正面突破だけでは「前例がない」というギルドの厚い壁に跳ね返されると悟ったようだ。
そこで彼女が目をつけたのは、現場の戦力ではなく、ギルドの運営を支える「事務方」の穴である。
ルナは第二夫人の許可を取り付けると、さっそく紹介所の託児所名簿を精査を開始した。
指先でトントンと紙面を叩き、一人の女性の名前に目を留めた。
「……見つけたわ。経歴、現状、そして何より……この『不満』そうな目。最高の人材だわ」
ルナはその女性のもとを訪ねると、一切の無駄を省き、核心を突く質問を投げかける。
「もし、冒険者ギルドの受付嬢が、赤ちゃんができて二年間お休みするとしたら——。」
具体的かつド直球な条件例をあげて見せる。
「あなた、その間だけ『期間限定の受付嬢』として、ギルドに戻る気はございませんか?」
女性は驚きに目を見開く。受付嬢を引退し、子育てに追われ夫の家業を手伝うのみの日々。
「もう冒険者ギルドの受付には戻れない」と諦めかけていた彼女にとって、それはあまりに突拍子もない、けれど抗いがたい誘いだ。
「……私が、ギルドの受付に? でも、そんなことギルドが許すはずが……」
「許させるのが、名誉会員である私の仕事よ」
ルナは不敵に微笑み、その隣でリュンヌは
「……ルナ、また……人を駒にしてる……」
と半ば呆れたように呟く。
「いい? リュンヌ。これはこの後の続きのためよ」
ルナは神官服の襟を正しながら、不敵な笑みを浮かべて話を終えた後にリュンヌに説いた。
「少なくともあのギルドなら、女性が受付嬢が二人、後ろの勘定方が一人……。」
人員配置を思い出し女性の数を声に出すルナ。
「計三人の枠にこの『期間限定雇用』を導入できれば、ギルドの内部に私の……いえ、私達の強力な味方ができるというわけ!」
ルナの計算高い瞳が、ギルドという組織の「内側」を見据える。
「現場の冒険者が外で騒ぐより、内部の事務方が『この制度を入れてくれなければ、全員が仕事をやめます!』と上層部に噛みつく。」
ルナは冷静に状況を想定していく。
「その方が、組織を動かすには効率的(タイパ良し)でしょ。事務の停滞はギルドにとっての心不全……。そこを私が握るというわけ!」
「…………ルナ……悪い顔……してる……」
リュンヌは、相棒のどす黒い微笑みに少しだけ引いた。
けれど、その「悪だくみ」こそが、あの泣きじゃくっていた先輩の居場所を守るための、現実的で冷徹な一歩になることも分かっている。
「ふふふ。まずはこの『事務方の福利厚生』という名の爆弾を、ギルドの窓口に放り込むわよ。」
ルナは心底楽しそうにする。
「リュンヌ! 恩義(という名の債権)を稼ぎに明日は行くわよ。……もちろん、私の相談料もしっかり上乗せするけれど!」
「…………やっぱり……銭ゲバ……」
リュンヌは呆れつつも、ルナの後を追って託児所を出た。
「おっぱい」でフリーズしていた姿はどこへやら。
今や銭導士の頭の中では、ギルド内部を「子育て世代」という名の強力な派閥に塗り替える、恐ろしいロードマップが完成しつつあった。
ただ、そこには「前列がない」という泥沼が口を開けていた。
翌日、ルナの作成した資料を手に、二人はギルドマスターとの面会に臨んだ。
執務室の重厚なデスクを挟み、ギルドマスターは眼鏡を直しながら、ルナが差し出した書面に目を通す。
「ふむ……。受付嬢や勘定方の職員に子供ができた際、一時的に籍を外れる」
ギルドマスターは一文を繰り返し読み直した。
「その欠員を、あなたの紹介所が抱えている『元受付嬢』のOBで埋める、というわけですか」
ギルドマスターは資料を指先でなぞり、内容を確認するように独り言ちた。
「休んでいる間は、経験者が即戦力として対応する。……ふむ、悪くはない話ですねえ」
その言葉を聞いた瞬間、隣に座るリュンヌの胸が跳ねた。
(……すごい……本当に通ってる……!)
ルナの書いた理屈っぽくて細かい資料が、あの気難しそうなギルドマスターに「悪くない」と言わしめた。
リュンヌの心は、成功への確信と「次はいよいよ先輩の番だ」という期待で一杯になる。
だが、これだけの好感触を得てもなお、ルナは微動だにせず冷静だった。
まるでこの反応すら、計算済みのコスト表に含まれていると言わんばかりの、平淡な佇まいだ。
ギルドマスターは手元のペンを走らせ、資料の隅に「検討」の二文字を書き込んだ。
「話は分かりました。ですが、今日はこの後に他のお客様がありましてね。この件は一度預からせていただきます」
そう告げると、ギルドマスターは面会を切り上げるように椅子を引いた。
ルナはそれ以上食い下がることもなく、静かに席を立つ。
「では、また改めて伺います」
「ええ。ですが、私も常時この席にいるわけではありませんので。そこはご了承ください」
背中に投げかけられたのは、再訪を歓迎しているとは言い難い、釘を刺すような言葉だった。
リュンヌは一瞬足を止めたが、ルナは何事もなかったかのように、落ち着いた足取りで部屋を後にした。




