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リュンヌ、ルナに説教される

宿の扉を開けると、そこには聖職者の尊厳など微塵も感じられない光景が広がっていた。


「……もう、信じらんない。どいつもこいつも『懺悔』じゃなくて『家計相談』ばかり! 」


懺悔相談の後のいつもの光景だが、今日は更に格好までが不貞腐れていた。


「私の耳は算盤の音を聞くために付いているわけじゃありませんって!」


ルナはそう毒づきながら、神官服を無造作に脱ぎ捨て、下着同然の格好でベッドの上に寝そべっていた。


手にはおそらくどこかの商店主から押しつけられたであろう帳簿が握られ、足をごろごろと動かしている。


その姿は、民を導く「神官」というよりは、一日のノルマを終えて強欲な本性を剥き出しにした「怠惰な小悪魔」そのものだった。


「おかえりなさい、リュンヌ。……あら、随分と茹だったような顔をしているわね? もしかして、また変な勧誘にでも捕まったのかしら?」


ルナは寝そべったまま、首だけをひょいと持ち上げてリュンヌを値踏みするように見る。


その瞳は、どれほどだらしない格好をしていても、金の匂いと「案件」の気配だけは逃さない鋭さを保っていた。


リュンヌは、ベッドの上で寛ぐ相棒の姿を見て、少し救われた気分になる。


ついさっきまで自分が抱いていた「業」や「天国」、そして「無理矢理」という深刻な葛藤。


それら全てが、急激に現実味を失っていくかの様な、あるいは全てをこの銭ゲバに投げ出したくなるような、奇妙な感覚に陥った。


「……ルナ……。……相談……ある……」


「ふーん? その顔、ただの相談じゃなさそうね。いいわ、特別に『神官』として聞いてあげる。……なんなのよ?」


ルナはニヤリと口角を上げ、ベッドの上で身を翻した。下着姿のまま、獲物を待つ蜘蛛のような、不敵な笑みを浮かべて。


「……託児所があるのに……なんで冒険者、やめる……。言われた」


リュンヌが絞り出すように言うと、ルナはベッドの上で寝返りを打ち、面倒そうに鼻を鳴らした。


「あら、簡単じゃない。冒険者ギルドがそう決めているからよ。」


ルナはなにを言い出すかというような顔をする。


「規約、慣例、そして何より『子連れで魔物と戦えるわけがない』という固定観念。身も蓋もないけれど、それがあの業界のルール(仕様)よ」


あまりに冷徹な、システムの壁。ルナにとっては、感情の入り込む余地のない「設定」の話でしかない。


「……それ……みんな……そう思ってない」


リュンヌは、食らいつくように言葉を継いだ。


「……先輩……泣いてた。……やめたくないって。……赤ちゃん……できても……働きたいって……」


「ふーん?」


ルナが、帳簿を置いて半身を起こした。


下着姿のまま、真っ青な瞳がスッと細まる。それは彼女が「ただの愚痴」を「利用価値のある市場マーケット」として認識した時の目だ。


「……リュンヌ。あなた、まさかその先輩の『涙』を私に売りに来たわけじゃないわよね? 」


ルナはリュンヌに念押しをするような口調だ。


「私はボランティア活動家じゃなくてではなく、れっきとした……ええ、そう、未来への投資家でもないわ銭導士なのよ?」


ルナは、はだけた肩を隠そうともせず、シーツの上に指で円を描いた。


「……無理矢理……もある……っておばちゃん、言ってた……」


顔を真っ赤にしたまま、震える声でそう続けるリュンヌ。


だが、それを聞いたルナは、衝撃を受けるどころか深々と溜め息をつき、ベッドに突っ伏して枕に顔を埋めた。


「……はぁ。またあのイメージ爆発おばちゃんに毒されたわね、リュンヌ」


顔を上げたルナの目は、完全に冷めきっていた。下着姿でゴロゴロしながら、呆れ果てたように天井を仰ぐ。


「いい、リュンヌ。世の中には不幸なケースもあるわ。でも、大抵は『リスク管理の甘さ』と『一時の感情(コスト外支出)』の結果なの。」


ルナはリュンヌの言葉をバッサリと切り捨てた。


「おばちゃんの妄想に付き合って脳内ピンク色にしてる暇があったら、もっと建設的な話をしなさいよ」


「……でも……先輩……泣いてた……」


「だから、泣けば金貨が降ってくるとでも? 甘いですわよ。だけど……」


ルナは起き上がり、はだけた肩を揺らしながら不敵に微笑んだ。


「『望まぬ事態』であろうと『自業自得』であろうと、結果として『働ける個体が現場を離れる』のは、組織にとって純然たる損失ロスね。」


ルナなりに動く理由を考えはじめている。


「……そして損失がある場所には、必ずそれを埋めて利益を出す隙間がある。……そう思わない?」


ルナは手にしていた帳簿を放り出し、獲物を見つけた肉食獣のような目でリュンヌを見つめた。


「その先輩、まだ使えるの? 剣を振る腕も、財宝を探索する頭も、赤ん坊一人で腐らせるには惜しい……そういう『資産』なの?」


「……先輩……槍とか剣、得意。……リーダー……できる」


リュンヌが必死にその「価値」をプレゼンすると、ルナの瞳に宿る貨幣の山が、凄まじい速度で弾け始めた。


「なるほど。それは、辞めさせてから次の新人を育てる教育コスト(リクルート・フィー)よりも

……」


どうやらルナなりにシミュレーションしているようだ。


「産休中の欠員コストと、復帰まで勘を戻させるための研修コスト(リワーク・コスト)を足した方が、絶対に安上がりね」


ルナは下着姿のままベッドから立ち上がり、仁王立ちで腰に手を当てた。もはや神官の慈悲など微塵もない、冷徹な経営者の顔だ。



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