リュンヌ、おばちゃんに捕獲される
「ねえ、リュンヌ。託児所があるのに、なんで冒険者をやめなきゃならないの?」
至極まっとう、かつ急所を突き抜けるような疑問が、リュンヌの脳天にハンマーとなって振り下ろされた。
ぐうの音も出ない。
ルナが「セカンドキャリア」だの「託児所」だのとギルドで大見得を切ったその舌の根も乾かぬうちに、当事者からその「矛盾」を突かれたのだ。
「リュンヌの相棒ちゃんに、助けてって言ってよ……お願い……!」
縋りつくような先輩の瞳。
リュンヌは内心で悶絶した。あの銭ゲバ——もとい、自称・導き手の「銭導士」が、あろうことかこんなに純粋に、切実に頼られている。
(……ルナ……。……『商売』の種……寄ってくるの……早すぎ……)
ルナなら、この涙すら「新規顧客の開拓」と呼び、先輩の絶望を「需要」と翻訳して、金貨に換算するだろう。
リュンヌは複雑な心境で、それでも震える先輩の肩を支えた。
「……わかった。……ルナに……言う。……ルナ……お金……大好きだけど……仕事……もっと好きだから……」
口下手なリュンヌは、確信していた。
あの強欲な相棒なら、この「詰み」の状態からでも、ちゃっかり利益を出しつつ先輩を現役続行させる「エグい解決策」をひねり出すはずだと。
「……仕事続けたい……なんで……そんな事する?」
夕暮れ時の帰り道、リュンヌは独り言をこぼしながら、ぽつぽつと歩いた。
頭の中は、先輩の泣き顔と「赤ちゃんができちゃった」という言葉でいっぱいだ。
考えてみれば、あまりに根本的な矛盾だった。
仕事を失いたくないほど大切なら、そもそも赤ちゃんができるようなリスクを冒さなければいい。
自業自得、という言葉が嫌でも脳裏をかすめる。
「……続けたければ……しなければ……いいのに……」
一年前の自分の痛みを思い出し、自らも大人の階段を少しずつ登っている実感を噛みしめる。
けれど、理屈では分かっていても、あの先輩の震える手や、必死な眼差しを思い出すと、単純に「自業自得」と切り捨てられない気持ちになる。
(……ルナなら……なんて言う……?)
「欲求のコントロールもできない低コストな個体」
と鼻で笑うだろうか。
それとも
「これこそが新たな市場よ!」
と目を輝かせるだろうか。
リュンヌは、自分の頭で考えても答えが出ないことに、小さく溜息をついた。
とにかく、この「案件」をあの銭導士に報告しなければならない。
リュンヌの足取りは、いつの間にか少しだけ速くなっていた。
背後から声がかかった。
「おやまあ、リュンヌちゃん。そんなに眉間にシワ寄せて、難しい顔してどうしたさ?」
声をかけてきたのは、近所の顔見知りのおばちゃんだ。
いつも買い物帰りや井戸端会議のついでに、リュンヌを見かけると構わず話しかけてくる、お節介で気の良いタイプである。
「……おばちゃん……いや……いい……」
リュンヌは視線を泳がせ、足早に通り過ぎようとした。
今の悩みは「月のあれ」だの「赤ちゃん」だの、多感な時期のリュンヌには刺激が強すぎる。
おばちゃんに話して、街中の噂にでもなったら目も当てられない。
だが、長年この街で主婦をやっているおばちゃんの目は甘くなかった。
「おっと、逃がさないね! そんな幽霊みたいな顔して、隠し事なんてできっこないんだからさ。」
あっさりとリュンヌは前を塞がれた。
狼よりたちが悪い。
「ほら、飴ちゃんあげるから吐いちまうさ。男かい? それとも……ルナちゃんにまた無茶でも言われたさ?」
がしっと肩を掴まれ、リュンヌは文字通り逃げ場を失う。
「……男じゃ……ない……。ルナでも……ない……」
「ほうら、やっぱり何かあるんじゃない。おばちゃん、口は堅いんだから(※自称)。さあさあ、座って話しなさいさ」
リュンヌは、おばちゃんの圧倒的な「お節介パワー」に気圧され、振り切って動く事が出来ない。
(……おばちゃんなら……知ってる……? こういう時の……解決方法……)
口下手なリュンヌの頭の中で、先輩の泣き顔とルナの銭ゲバ顔、そして目の前のおばちゃんの笑顔がぐるぐると混ざり合った。
そして、悶絶の第2ラウンドが幕を開けた。




