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できちゃった?

その頃宿に戻る途中の二人。


「……ルナ、あのお金って……『聖女の祝福』の……?」


リュンヌがひそひそ声で尋ねる。


それは二人が開発した、例の「低成長期ブルーデイ」を社交界の淑女たちが優雅に乗り切るための画期的な衛生用品


——そのライセンス料の塊だった。


「その通りよ。数ヶ月はあの名誉会員の椅子に居座れるわ。でも、ずっとは無理ね」


ルナはギルドの階段を下りながら、冷徹に次のフェーズを計算する。


「ここからは倍速勝負よ。タイパ(タイムパフォーマンス)よ、タイパ! 」


ルナの目に気合が入る。


「相手は『前例がない』なんてマニュアル通りの返答を準備してるはず、でも既成事実を積み上げて、前例そのものを書き換えてやるんだから!」


「……ルナ、歩くの……速すぎ……」


置いていかれそうになるリュンヌ。


銭ゲバ聖職者の野望は、投資した金貨の元を取るどころか、ギルドそのものを「高利回り案件」に変えるまで止まりそうになかった。


それから数日後。


「あ、リュンヌ……!」


雑踏の中でリュンヌを見つけるなり、手招きしてきたのは先輩の女性冒険者だった。


以前は狼退治に誘ってくれた、口べたなリュンヌに何かと世話を焼いてくれる、二十代前半の頼れる人だ。


だが、今日の彼女はいつもの快活な様子とは打って変わって、今にも泣き出しそうな顔をしている。


周囲を気にしながらリュンヌを物陰に促すと、震える声で切り出した。


「ちょっと……聞いて欲しいことがあるのよ……」


「……先輩……どうしたの……?」


リュンヌは嫌な予感がした。


ルナの言う「タイパ」や「効率化」の波が、このお世話になった先輩の生活に、何か予期せぬ影響を与えているのではないかと。


茶店に入り、向かい合って座るなり先輩冒険者は声を潜めて切り出した。


「あのね……。月のあれが、来ないのよ」


深刻な、それでいて縋るような告白。だが、それを聞いたリュンヌは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でポカンとしてしまう。


「……月……? 夜の……?」


純粋無垢な問い返しに、今度は先輩の方が絶句した。


「えっ、ちょっと待って。リュンヌ、まさか……まだなの?」


二十代前半の彼女からすれば、同じ女性冒険者として「伝わる」と確信して打ち明けた悩みだった。


しかし、目の前のリュンヌが思った以上に「お子さま」だったことに、衝撃を受けたようだ。


「あー、ごめん、説明が難しかったわね。つまりね、女の人には一ヶ月に一度、身体の調子が変わる時期があるでしょ? 」


先輩は更に声が低くなる。


「それが……もう、随分と遅れているのよ」


先輩は、自分の不注意と、それを年若すぎるリュンヌに相談してしまった気恥ずかしさ。


そして何より「もしも」の事態への恐怖が混ざり合った、複雑な表情でうつむいた。


「……あ」


リュンヌは一瞬のフリーズの後、ようやく合点がいった。


自分も一年前なら、その時期は、脂汗を流しながらお腹を押さえてうんうん唸っていたものだ。


あの独特の重みと痛みを知らないわけがない。

だが、先輩が次に口にした言葉は、リュンヌの想像を遥かに超えていた。


「それが来ないってことはさ……私、赤ちゃんができちゃったのかも」


消え入りそうな声。先輩は今にも泣き出しそうな顔で、縋るようにリュンヌを見つめる。


「どうしよう、リュンヌ……。結婚もしてないから、親にも言えないし、相手の男だってもう……」


あまりに切実な告白に、リュンヌは茶店の椅子に座り直した。


ルナなら「リスク管理が甘い」と一蹴するかもしれない。


けれど、これまで自分を気遣ってくれた先輩のこの震える手を見て、放っておけるはずがなかった。


「……先輩……落ち着いて……。それ……本当?」


リュンヌの脳裏に、ついさっきルナがギルドマスターに言い放った言葉がリフレインする。


『冒険者を辞めた後の人生……セカンドキャリア……』


皮肉にも、ルナが強引に作り上げた「受け皿」が必要とされる事態が、こんな身近なところで起きようとしている。


「私、まだ冒険者やめたくないよ……。いっときの盛り上がりで、仕事がなくなるなんてヤダよ……」


目の前で、いつもは頼もしかった先輩がボロボロと涙をこぼし始める。


その姿は、猛獣に立ち向かう勇猛な冒険者ではなく、ただの怯えた一人の女性だった。


リュンヌは、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「……大丈夫……」なんて無責任なことは言えない。


「……自業自得……」なんて、ルナのような冷徹な正論を突きつけることもできない。


(……お仕事……なくなる……赤ちゃん……)


口下手なリュンヌは、ただ先輩の震える手を、自分の小さな両手でそっと包み込むことしかできなかった。


と、突然、先輩は青い顔をして店を飛び出していったかと思うと、しばらくして、魂が抜けたような足取りで戻ってきた。


「……もう、間違いないよ。できちゃったよ、赤ちゃん……」


その言葉は、絶望に塗りつぶされていた。


リュンヌは、目の前で崩れ落ちそうな先輩の姿に胸を締め付けられる。


けれど、それと同じくらい、まだ見ぬその「赤ちゃん」のことが頭をよぎった。


(……赤ちゃん……。お母さんが……嫌だ……仕事なくなる……って泣いてるの……。それ……かわいそう……)


もし本当に授かっているのなら、その子は祝福されるべき命のはずだ。


なのに、今の先輩にとっては「冒険者のキャリアを終わらせる呪い」のように扱われている。


「……先輩……。赤ちゃん……悪くない……」


口下手なリュンヌの絞り出した言葉は、あまりに拙かった。


けれど、その脳裏には、数日前からルナが「セカンドキャリア」だとギルドで捲し立てていた光景が、パズルのピースのようにはまり始める。


(……ルナ……。これ……『商売』になる……?)


不謹慎かもしれない。


けれど、冷徹な銭ゲバ神官なら、この「絶望」を「仕組み(システム)」で解決してしまうのではないか。


リュンヌは先輩の背中をさすりながら、嵐を呼ぶ相棒の顔を思い浮かべていた。


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