無駄な時間は……取りたくありませんわ
会議室の重い扉が開くと、ギルドマスターの傍らには、先ほどから露骨に敵意を隠さなかった若手職員が座した。
「あら!? こちらの方は先ほどから私を蔑んでおられる方ですわ」
ルナは驚いたふりをして、芝居がかった溜息をつく。
「まともな論理的対話ができるのか不安です。感情が先行して、数字を見誤るタイプとお見受けしますけれど?」
先手必勝。被害者を装いつつ、相手の冷静さを奪い去る。
ルナの瞳に、獲物を追い詰める投資家のような鋭い光が宿った。
「そういうルナ殿も、先ほどからかなり激しいですがね」
ギルドマスターが軽薄な笑みで、やんわりと釘を刺す。
ルナは「これは失礼」と、わざとらしく胸に手を当てた。
「エナドリ、ん、ん……少々、紅茶を飲みすぎて気が昂ぶっておりましたわ」
「……エナドリって……新しい鶏肉……?」
隣でリュンヌが真剣な顔で呟く。
記憶の糸を辿り、ルナがいつそんな美味そうな鶏肉を口にしたのか、食い意地の張った想像を巡らせていた。
「お使い、薬草採取の付き添い、訪ね人……これら全て、ギルドの既存業務です。」
少女二人なら証拠を突きつければ一発だと言わんばかりの若手職員
「言葉を変えて誤魔化せるとでも? 神官が虚偽を記すとは、呆れたもんだ」
若手職員が勝ち誇ったように断じる。
だが、隣で首を傾げたリュンヌの一言が、その勢いを霧散させた。
「……全部……その通り……嘘、どこ?」
純粋な疑問。虚偽などどこにもない。
事実を並べただけのリュンヌの指摘という「思わぬ伏兵」に、若手職員は言葉を詰まらせ、出鼻を挫かれた格好となった。
「虚偽、は言い過ぎましたな。失礼」
ギルドマスターが苦笑いで部下を制し、身を乗り出す。
「言葉の綾はさておき、我々が公的に許可を得て行っている『冒険者ギルド』の業務領域を、貴女方が侵食していると申し上げているのですよ」
彼が諭すように、だが鋭い眼光を向ける。
「境界線は守っていただかねば。商売敵を育てるほど、うちはお人好しではないのでね」
「おっしゃりたい事は理解しました。しからば、このギルドでそのような依頼の扱われ方を見直しされた事はございますか?」
ルナは小馬鹿にするような色を乗せ、わざとらしく小首を傾げる。
「それにギルドで以前にお見せ頂いた運営規定にも、その様な雑務を貴方がたが全て独占するなどとは、一切記載がありませんでしたけれど?」
ギルドマスターの脳裏に、かつて資料室で規約を読み耽っていた少女の姿が蘇る。彼女は最初から、この法的な「穴」を突くために動いていたのだ。
「私共は、必要とする人が居る場所に掲示板を立てて、マッチング……失礼、必要な方に必要なものを届けただけですが」
澱みなく紡がれる「顧客第一」の建前。ルナの瞳は、慈善事業の皮を被った独占禁止法の回避策を鮮やかに描いている。
「……っ、詭弁だ!」
若手職員の顔が屈辱で赤く染まっていく。対してルナは、彼の怒りすら市場価値のないノイズとして切り捨て、冷徹な微笑を崩さない。
論理の刃が、ギルドの既得権益を静かに、だが確実に削り取っていた。
「こちらは、将来ある冒険者が最初に受けるはずの依頼を、お前らに掠め取られているんだぞ!」
若手職員が叩きつけた言葉は、現場の切実な悲鳴だった。
「あら!? それはそれは、申し訳ないことを」
ルナは小首を傾げ、心にもない謝罪を口にする。
隣でリュンヌは、若手の正論に同情しつつも、ルナの冷徹な「算盤」がそれを一蹴する未来を予感していた。
「……ルナに……それ……効かない……」
感情というコストを度外視した相手に、熱意はただの空振りに終わるのだ。
「でも、それはあなた方の視点ですよ。職員さま」
ルナは冷ややかに、突き放すような笑みを浮かべる。
「依頼を出して三日も四日も放置。それは依頼主に中指いやいや馬鹿にしているも同然ではありませんこと?」
「中指を立てる」と言いかけて飲み込む彼女の態度は、丁寧な言葉遣いとは裏腹に、相手の無能をこれでもかと煽り立てる。
「ああ言えばこう言う……ふざけんな」
若手職員の呟きは、もはや負け犬の遠吠えに近かった。正論の皮を被った「銭ゲバ」の猛攻は、止まる所を知らない。
「ふう、無駄な時間は……」
「……取りたくありませんわ」
ギルドマスターの言葉を、ルナが冷然と引き取った。間髪入れぬ遮断に、室内は凍りついたような沈黙に包まれる。
「……ルナ、自分勝手すぎ……」
リュンヌは呆れ果て、天を仰いだ。相手が街の有力者だろうが、ギルドの長だろうが関係ない。
この「銭ゲバ」の行動原理は、常に己の利益と効率という極めて身勝手な座標軸のみで完結していた。
「つまりは掲示板をやめろとおっしゃるのでしょう。が、やめませんわ」
ルナは断言し、不敵な笑みを浮かべて身を乗り出した。
「その代わり、掲示板の依頼料から五割をギルドに上納し、『ギルド公認』の看板を頂戴します。いかが?」
「……五割……半分……?」
隣でリュンヌが目を白黒させる。ギルド公認看板代として法外なショバ代をの支払いを提示するルナ。
そのあまりに強引な「Win-Win」の提案に、会議室の空気が一変した。
若手職員は毒気を抜かれたように口を半開きにしている。
強欲な「銭ゲバ」が、利益の半分を差し出すなど、裏があると考えざるを得ない。
「ただし、掲載する内容は私共で決めますわ。私が不掲載としたもののみ、ギルドで掲示してください」
ルナの宣言に、ギルドマスターは顎を撫で、その真意を測るように目を細めた。
「ふむ。つまり、双方で依頼を棲み分け、効率的に分け合っていこうと……そういうことかな?」
「ええ、三方良しのディールですわ」
嘘ぶくルナの瞳は、ギルドが「面倒」と切り捨てた端金の山を、既に独占する未来を描いていた。




