街の看板娘の殴り込み
家代わりの宿のいつもの部屋でリュンヌは聞く。
「ルナ……それ、冒険者ギルド……文句?」
銀髪の少女——今や『銭導士』の階位名を持つルナは、眉間に皺を寄せ、届いた書状を睨みつけていた。
「申入書よ。託児所の掲示板で、勝手に冒険者向けの依頼を出してるっていうね。」
可愛らしい声に相変わらず似合わない、事務的な響き。
出会いから一年。十六だった二人は、十七の春を迎えた。
ルナは小柄なままだが、銀髪の隙間からのぞく相貌には知性ゆえの憂いが加わり、どこか神秘的な気品を漂わせる。
対してリュンヌの変貌は劇的だ。
まともな食事と環境が、隠れていた美しさを呼び覚ました。すらりと伸びた背筋と凛とした佇まいは、街ゆく者が思わず振り返るほど。
今や二人は、見た目だけなら街一番の看板娘コンビであった。
「……ルナ、どうする?…… 無視?」
リュンヌは自身が冒険者ギルドに登録している事実を棚に上げ、首をかしげる。
だが、ルナの瞳に宿ったのは、聖職者にあるまじき好戦的な光だった。
「何を言ってるの。これはディール(取引)のチャンスよ」
不敵に微笑み、彼女は手にした申入書を力強く叩いた。
「相手の懐に殴り込むの。……あ、もちろん言葉で、よ?」
部屋に響く、穏やかではない言葉。
「……ルナ、目……が笑ってない」
リュンヌの呆れ顔もどこ吹く風、ルナは頭の中で既にどのような形で落としどころを見つけるかの計算を始めている。
不思議なことに、ルナは街の人気者の一人だった。
特に女性からの人気が高い。
生理痛に効く鎮痛剤の開発も、食い詰めた元冒険者の再雇用も、すべては己の「ベネフィット」を追求した結果に過ぎない。
だが、彼女の強欲が動くたび、誰かの涙が止まり、スラムに仕事が生まれた。
「あの娘の計算高さが、街を住みやすくしている」
住民たちは、彼女の冷徹な損得勘定の裏で派生する恩恵を肌で感じているのだ。
「まずは、託児所の掲示板を冒険者ギルドに公認させるわ」
ルナの突拍子もない宣言に、リュンヌは頭を抱えた。
「……やめろ言われてる、……認めさせる?…… 無茶苦茶。……ルナ、今日から……低成長期?」
「違うわよ! なんでそうなるのよ!」
食ってかかるルナだが、その頭脳は既にギルドの独占禁止法的な隙を突き、互いの利権を折半する複雑な損益分岐点を描き始めている。
「とにかく、明日、ギルドに乗り込むわよ! あんた明日、依頼受けてないわよね?」
ルナの問いかけに、リュンヌはしばし思考を巡らせ
「……明日、依頼……ない」
と短く返した。
「じゃ、決まりね。さて、どう出てくるかしら」
不敵に口角を上げるルナ。
その瞳は、ギルド職員の困惑を既に楽しんでいるかのようだ。
少女たちの夜は、翌日の「商戦」に向けた期待と野心で、静かに更けていった。
翌日、ギルドの扉を潜ると、熱気と埃っぽさが二人を迎える。
「あら、お二人とも久しぶりね」
受付嬢が華やかな笑みを向ける傍ら、男性職員、特に若手たちの視線は氷のように冷たい。
「……『銭ゲバ』どの面下げて来やがった」
「俺たちのシマを荒らしやがって」
隠そうともしない嫌悪の礫が飛ぶが、ルナは一瞥もくれない。
彼女にとって、感情的な反発はコストの無駄でしかない。不敵な笑みを浮かべ、手に持った申入書をカウンターへ叩きつけた。
「こちらを送っていただいたので、召喚に応じて差し上げましたわ。ちゃんとギルドマスターにお会いできるんですよね?」
ルナの透き通るような声が、騒がしいギルド内に響き渡る。
「あの掲示板に関しては、私共が最高責任者。よもや、名もなき担当者が対応するなどという、非効率なことはあり得ないと思っておりますわ」
淀みない口上に、受付嬢は引きつった笑みを浮かべる。
若手職員の殺気すらリソースの一部と言わんばかりの堂々たる振る舞いに、場は一気にルナの独壇場と化した。
「まあまあ、そんないきなり、そこまでいきり立たずとも」
奥から苦笑交じりに現れたのは、ここまで生き抜いてきた凄みを、一切感じさせないギルドマスターだ。
彼は二人を宥めるように手を広げた。
「うちも実務に詳しい者を同席させてもよろしいかな?」
「それは当然でしょう。正確な記録と合意形成には必要不可欠ですもの」
ルナはあっさりと、むしろ歓迎するように頷いた。
感情的な衝突を避け、あくまでビジネスのテーブルに載せようとする彼女の冷徹な合理性が、ギルドの空気をピリつかせる。




