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甘い蜜には重い鎖

翌日はスラムに向かう。堆肥製造の担当は既に昨日の午前に現在担当が面接し既に決まっている。今日は人材育成照会所の生徒決めだ。


吹き溜まりのようなスラムの入口に、鋭い視線が交差する。


並んだ少年少女たちの瞳に宿るのは、純粋な向上心ではなく、生き残るための狡猾な縄張り意識だ。


大工、料理、商売――。提示された魅力的な「職」は、力を持つ年長者たちによって既に分配され、幼い子供たちはその輪から弾き出されていた。


「……やっぱり。……ここ力こそ正義。……スラムの鉄則。……ルナ、どうする?」


リュンヌは長柄の獲物を背負い直し、不穏な空気を感じ取って身構える。


選ばれた者たちの傲慢さと、漏れた者たちの怨嗟。だが、ルナの唇は、獲物を罠に追い込んだ猟師のように、静かに弧を描いていた。


「……想定内?……ルナの目、……あの子たちの、さらに先、……見てる」


絶望と期待が入り混じる混沌の中、銀髪の相棒は一歩前へ出る。


その背中には、既得権益を握りしめた少年少女たちを戦慄させる、冷徹なまでの「計算」が透けて見えていた。


「あなた達は最初にルス神さまの祝福を受ける立場です。即ち、後に続く方たちの見本になっていただかなければならないのです」


ルナの涼やかな声が、熱を帯びた広場を瞬時に凍りつかせた。


それは選ばれた誇りを与えるための祝福ではない。特権を握った者たちへ逃げ道を塞ぐ、甘い毒を含んだ「宣告」だ。


「……ルナ、えぐい。……失敗、許されない。……特権、……それに見合う、地獄、……組み合わせ」


リュンヌは背筋を走る震えを悟られぬよう、無表情を貫く。


一番乗りという蜜を吸うならば、

相応の重責を背負い、死に物狂いで成果を出せ。

逆らえばその座を滑り落ちるだけ。


「……この子たち、気づいてない。……神様の名前、出されたら、……もう、断れない。……ルナの掌、……の上」


少年たちの得意げな顔が、徐々に引きつり始める。

リュンヌは、慈悲深い聖女の仮面の下で冷徹に盤面を動かす相棒の横顔を見つめ、静かに息を吐いた。


「よろしいですね?期間は三か月。その間にどなたかの元で労働というルス神さまが我々に与えてくださった祝福をつかみ取りなさい。」


ルナは有無を言わさぬ雰囲気を醸し出す。


「それが年長者の誇りたるものです。それにおじけづくのであれば、他の方に今すぐ祝福の場をお譲りください。等価交換の法則です」


ルナはスパっと彼らの退路を断った。


「……逃げ道、全部、塞がれた。……ルナ、……容赦ない。……『誇り』なんて、……一番、重い鎖。……あと……糖か硬貨?……甘いもの?」


リュンヌは、少年たちの顔から血の気が引いていくのを冷ややかに見守った。


慈悲深い「祝福」という言葉を盾に、ルナは彼らに「脱落=年長者としての恥」という極刑を突きつけたのだ。


三か月。それは成長の猶予ではなく、結果を出せねば切り捨てられるまでのカウントダウンに他ならない。


「……やるしか、……ない。……あのおじいちゃん、たちの作る、……地獄で」


反論の余地など最初から存在しない。選ばれた優越感は、瞬時にして底知れぬ重圧へと変貌した。


ルナの微笑みは、もはや救済の手ではなく、獲物を逃さない絶対的な檻のように、スラムの澱んだ空気の中に君臨していた。


「次からの方たちは先輩たちの背中を追って努力してください」


ルナは押しのけられたであろう、羨望の眼差しを年長者に向けている面々に向いて語りかけた。


「もちろん先輩方と違って幼い方々もいらっしゃいますから先生方も考慮してくださるでしょう」


ルナは前半の言葉は柔らかい雰囲気で言ったあと、一転してビシッと決める感じで権利を持つ者を見回す。


「では選ばれた皆さん、明日、朝3つ目の鐘の時刻に前に説明した建物へ」


なかなかに早い時間だなとリュンヌは思った。

普通に働いている人々とほぼ同時刻だ。


「お名前は、字が書けるようになったら自筆で書式に書いていただきます。それと、これは急ですがあと3人、剣や薬草に興味のある方は?」


とルナは言う。


「……ルナ、厳しい。……名前、書く、……目標、高い」


リュンヌは、困惑と期待が入り混じる子供たちの群れを見つめた。


自筆での署名。それはスラムの住人にとって、教育という名の高い壁だ。


だが、ルナの視線はすでにその先、昨日現れた「あの老人」へと向いている。


「……三人。少ない。……精鋭、それとも、生贄? ……あの、……化け物の、弟子」


リュンヌの脳裏に、隠しきれない殺気を纏った老冒険者の姿が浮かぶ。


冒険者。それは収入の上下の振れ幅が大きく、かつ実力差が残酷に出る世界だ。


希望者を募るルナの問いかけは、救いの手であると同時に、茨の道への招待状に他ならない。


ざわめく群衆の中から、運命を変えようと顔を上げる者が現れるのを、リュンヌは固唾を呑んで見守った。


ルナの計算が、また一つ新しい歯車を回し始めている。


「そうね。今すぐは無理だしこればかりは先生に生徒を決めていただきます」


ルナは、冒険者の卵を自分が選別するのは無理と考えたのか丸投げすると宣言した。


「今日、先生には伝えておくので『我こそは!』と思う方は、同じく朝3つ目の鐘の時に同じ建物に来てください」


そう告げるとルナはリュンヌを促しスラムを後にした。


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