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獣とは違うもの

ルナは


「今日はここで神の教えをお話しさせていただきます」


といつも通り話し出す。


「……スラム、……熱気。……託児所の時より、凄い。……みんな、……ルナを、……『金の成る女』だと、……思ってる」


リュンヌは、集まってきた住人たちのギラついた視線に、思わずナギナタの柄を握る手に力を込めた。


彼らにとってルナは、かつて30人もの仲間を泥の中から引き上げ、真っ当な「職」という光を与えた救世主だ。


その姿が再び現れたのだから、期待で空気が震えるのも無理はない。


ルナはスラムの奥へと鈴の鳴るような営業ボイスを投げ込む。


「人はただ生きているだけならば、食べて飲んで寝て子をなし増えるだけ。すなわち獣です」


リュンヌはいきなりのルナのぶっ飛ばし具合に色を失う。


「……ルナ。止めて。……それ、……ダメ。……スラムで、……一番、言っちゃいけない、……言葉」


リュンヌは、喉元まで出かかった悲鳴を押し殺し、ナギナタの石突で地面を軽く叩いた。いつでも前に飛び出せるよう、重心を低く保つ。


周囲の空気が、凍り付いたように静まり返る。


食べるものもなく、ただ今日を生き延びるために泥水を啜るような生活を送るスラムの住人たち。


彼らにとって、「ただ生きるだけなら獣と同じ」という言葉は、彼らの存在そのものを正面から否定し、踏みにじる行為に他ならない。


ルナはリュンヌの戸惑いを無視したかのように言う。


「しかし、ルス神様は我々に獣と違うものを祝福として与えてくださりました。それが労働です。」


ルナは雰囲気お構いなしに自信満々で説法を続ける。


「以前に、私がこの場に立った時に何人かの方が立ち上がり、ルス神様の祝福を受けたことは記憶に新しいでしょう」


ルナは皆の記憶を呼びさます。


「……労働、祝福。……ルナ、……すごい。……一番、嫌な言葉、……一番、……綺麗な言葉、替えた」


リュンヌは、張り詰めていた肩の力をわずかに抜く。


一触即発の殺気が、ルナの「実績(30人超の脱出者)」という言葉が出た瞬間に、祈りにも似た熱烈な「羨望」へと変わるのを肌で感じたからだ。


スラムの住人たちにとって、かつての仲間が「獣」の群れを抜け出し、日の当たる場所で「労働」という名の「人間らしい生活」を手に入れた事実。


それは、どんな聖典の言葉よりも重い。


ルナは続ける。


「本日は、まず新しい祝福をご用意しております。その元となる物は最も不浄な我々の身体から貴賎を問わず日々生まれるものです」


ルナの口から不穏な響きがする。


「それを、人々が口にせしものを大きくするため必要なものに生まれ変わらせるものです」


リュンヌは一発でルナの目的に気づいた。


「人々はその祝福に携わる方を蔑むかもしれません。しかし、それは尊い祝福なのです」


ルナの営業ボイスは強烈な勢いをもってスラムを突き抜けていく。


「……祝福。……不浄。……生まれ変わらせる」


リュンヌの頭の中にあれがまざまざと思い浮かぶ。


「……それ、…結局、う〇ことか、残飯。………ルナ、強引、……『肥溜め』、……神様の、奇跡に、繋げた」


リュンヌは、託児所の悪臭を思い出し、ルナが語る「尊い祝福」という言葉のギャップに、くらくらとした目眩を覚えた。


ルナが言っているのは、紛れもなく堆肥製造のことだ。誰もが忌み嫌い、蔑む、汚れ仕事の極致。


それをルナは、鈴を転がすような美声で『人々の糧を大きくするための、尊き再生の儀式』へと、鮮やかに塗り替えていく。


「こちらは男性が向いていると思っておりますの。もちろん決まったあかつきには、一日に銅貨10枚と託児所にある入浴設備を使っていただけます」


前回の託児所開設時と同じ待遇をルナは口にした。

どうやらこの仕事はこの待遇をベースに考えているらしい。


「今回はロバのお世話もしていただく事になりますわ。4人。祝福を授ける事が出来る人数は4人です」


ルナはー気にすらすらと言い切った。


「……銅貨、10枚。……お風呂付き。……スラムじゃ、王様」


リュンヌは、提示された条件の破格さに息を呑んだ。さっきの「先生」が1日2枚だったのに対し、こちらはその5倍。


汚れ仕事(堆肥作り)への強力な対価であり、かつ「お風呂」という衛生管理までセットにしている。ルナの計算は、どこまでも緻密で容赦がない。


「……ルナ。……みんなの目、血走ってる。……今、ここで、……人選ぶの、……始める気?」


リュンヌは、詰め寄ろうとする男たちを牽制するように、ナギナタの鞘を少し斜めにする。


ルナは、その混乱すら楽しむかのような涼しげな顔で、殺気立つ群衆を見据えている。


「……銭導士様! 俺を選んでくれ! ロバなら昔扱ってた!」


「黙れ! 俺の方が力がある! 10枚なら、どんな汚れ仕事だってやってやる!」


「お待ち下さい。既に先輩がいるのは御存知でいらっしゃいますわよね。私ではなく、その方達に選んでいただきます。」


ルナはその熱量をしれっと回避した。


「一緒にお仕事をする事になりますし、なにより祝福の内容をよくご存知ですから。」


まず、先輩に選考を任せる理由を挙げてから、ルナはいきり立つ男達を見回し言葉を続けた。


「……なので来週までよく考えて下さいね。お金だけで決めると後悔されますわよ」


ルナの、穏やかながら男たちに冷水を浴びせるような一言だった。


「……ルナ。……ずるい。……自分で、選ばない。……『先輩』に、投げた。……でも、……それが、一番」


リュンヌは、ルナの徹底した「現場主義」に溜息をついた。


自分たちで選べば「聖女様に選ばれた」という甘えが出るかもしれない。


だが、実際に泥(あるいはそれ以上のもの)にまみれて働く「先輩」たち(先行して職を得た者たち)に選ばせるとなれば話は別だ。


現場の厳しさを知る者が、自分たちと一緒に地獄(祝福)を見られる「骨のある奴」を吟味する。これほど効率的で、間違いのない採用試験はない。


「……お金だけで、決める、後悔する。……ルナ、……最後に、……猛毒、吐いた。……みんな、……顔、引きつってる」


ルナの「後悔しますわよ」という鈴を転がすような警告は、熱狂していた男たちの脳を、冷や水のように冷やした。


1日銅貨10枚という破格の報酬。その裏にある、想像を絶する「不浄」との格闘。


ルナはあえて情報を伏せることで、彼らに「金」か「尊厳」か、あるいは「汚れを誇りに変える覚悟」か、重い選択を突きつけたのだ。


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