情けは自分の金貨のため
「もう一つですが、教会から軌道に乗るまで浄財をお借りしたいのです。その後はお返しし、人材派遣所からも浄財が入るように……」
途中で大教会長は言葉を遮ってきた。
「軌道に乗っても運営費として月に銀貨10枚を出そう」
微々たる金額だが返済不要かつ講師の給与に充てられる。願ってもない内容だ。
「……月、銀貨10枚。……返さなくていい、お金。……ルナ、また、なにした?」
リュンヌは、大教会長から飛び出した破格の提案に、思わず自分の耳を疑う。
ルナは「軌道に乗るまで借りられれば……」と低姿勢で切り出したはずだ。
なのに、蓋を開けてみれば、返済不要の「運営補助金」として毎月一定額が振り込まれるという、願ってもない好条件を引き出してしまったのだ。
「人材派遣所からの浄財など、後々で構わないのです! それよりもあなたの志が素晴らしい。」
大教会長は熱にうなされた様に言う。
「あばら家……いや、『教育所』の講師たちの給与、そして運営費として、月に銀貨10枚。これは教会からの正式な投資だと思って受け取ってください」
大教会長は、もはやルナを「金の卵を産むガチョウ」どころか「教会の威信を底上げする守護聖人」のように見ているようだ。
「……ルナ。……これ、銀貨10枚あれば、……おじいちゃん先生、500日分。……ルナ、……懐、痛まない。タダ」
「……っ。リュンヌ、余計な声が大きいわよ! 大教会長様、その温かきご配慮、痛み入ります」
ルナ慌ててリュンヌの言葉を誤魔化したうえで、もう一度きっちりと礼を述べる。
「皆様から預かった浄財、一銭も無駄にすることなく、必ずやこの街の、そして教会の『光』へと変えてみせます!」
ルナは、内心で狂喜乱舞しているのを押し殺し、しおらしく頭を下げる。
人材派遣が動き出せば、そこからまた浄財という名の「マージン」が教会へ流れる仕組み。
大教会長にとっても、これは損のない、極めて効率的な投資になるということを、彼はルナの過去の実績を通じて理解しているのだった。
教会の廊下を歩きながら、リュンヌはふと首を傾げる。
「……ルナ。………月の曜日、すぐ。……先生、……どんな人、来る?」
「そうね、まずは基礎を固める時期よ。……でも、銀貨10枚の運営費までついたんですもの」
予想外の予算に少し余裕を滲ませるルナ。
「予定よりも少し、豪華な『教材』を揃えられるかもしれないわね」
ルナの瞳には、すでに月の曜日の「選考会」の様子が映っているようだった。
「明日はスラムの入口に行くわよ」とルナが言い出す。
「託児所の堆肥の利益は別に置いているしね」とルナは呟く。
リュンヌはそういえば二人とも宿で自炊し、贅沢といえばたまに出店で焼菓子を購入するのと服を何着か購入した程度だ。
リュンヌは自分は元々の生活から贅沢に慣れていないのとお金の管理をルナにお任せしているのもある。
だがルナが贅沢していないのは意外に思いながら翌日を迎えた。
「……スラム。空気、……重い。ルナ、……ここ、……お金になるもの、………何もない。………前と一緒」
リュンヌは鼻をつまみながら、淀んだ空気の漂うスラムの入り口で足を止めた。
目の前に広がるのは、明日をも知れぬ人々が泥を啜るような光景だ。
しかし、ルナの瞳は憐れみではなく、「未開拓の市場」を見る鋭い光を放っている。
「何言ってるのよリュンヌ。前も言ったわよね。ここは宝の山よ。正確には、『極めて安価に買い叩ける、莫大な潜在的労働力』が眠る場所だわ」
ルナは自分の考えをはっきりと口に出す。
「……やっぱり、助けるんじゃなくて、……利用する気。……ルナ、……目、怖い」
ルナは懐から、銅貨で膨らんだ革袋をそっと取り出した。
「勘違いしないで。私が欲しいのは、彼らの感謝じゃないわ。」
ルナは、単なるお世話焼きではないことを明確に否定した。
「彼らが自立して稼げるようになれば、私の『教育所』に授業料が入り、私の『堆肥』を買う農家を支える『手』にもなる。」
ルナはつらつらと例をあげる。
「それが、結果的に私の資産価値を守る『防壁』になる。社会の底辺が腐れば、私の頂上もいつか腐る。だから、この『インフラ整備』を行うのよ」
「……ルナ、理屈が、酷い。……でも、最後に、……みんな、パン食べられる。……なら、いい」
ルナは泥とゴミだらけの路地を一瞥し、最も「使い物になりそう」で、かつ「飢えている」集団を探し始める。
「さあ、リュンヌ。ここにある絶望を、私のための『燃料』に変換する作業を始めるわよ。」
ルナは気合を入れるように右腕を軽くぐるっと回す。
「情けは人のためならず、と言うけれど、私の場合は『情けは自分のため、ひいては自分の金貨のため』なのよ!」




