見えない鎧
「おお、よく来たね! 救世の乙女たちよ!」
「……大教会長。顔、ツヤツヤ。……肌、……金貨眩しい」
「ははは! リュンヌさん、そう見えるかな? いやあ、実はですね、各地の教会から見学の申し込みが殺到しておりまして。」
大教会長は、以前の単なる孫好き老人という感じよりも明らかにエネルギッシュだ。
「我が教会の浄財納付額は今や全国トップ10内にまで昇格したのですよ。私の地位も、これまでにないほど盤石になりました!」
大教会長は、ルナの手を握らんばかりの勢いでお礼を述べた。
「……ルナ。大教会長、トップ10。……もう、誰も、逆らえない。……ルナの、強欲。……数字の、暴力」
リュンヌはただただ圧倒されている。
「いえいえ、大教会長様。これはひとえに皆様の信仰心と、大教会長様の優れた指導力の賜物です」
ルナは掌をひらひらさせて謙遜する。
「私はただ、そのお手伝いをしたに過ぎませんわ」
ルナは、完璧な「謙虚な聖女」のポーズを崩さない。けれど、その瞳の奥には「さあ、この好調オヤジをどう料理しよう?」という光が宿っている。
「大教会長、今日もご相談が……」
とルナは言おうとするが、その前にと大教会長が何か小さなリングのような物を出してきた。
リュンヌは、それが大教会長の『ルス神像のチャームに付いているもの』と似ていることに気づいた。
「ルナ同志、一体なにをされたのか分からないが、光主様より昨日これが送られてきてね。」
大教会長は破顔しながら続けた。
「なんでも副光主様直々のご推薦で、光主様にご相談出来る「光士」と同列にあなたは序せられるそうだ。」
と告げる。
「……輪。光主様の、紋章。……副光主様……直接。……『聖女の祝福』、効きすぎ」
リュンヌは、大教会長の手元で鈍く光る小さなリングを見つめ、事の重大さに背筋が震えるのを感じた。
それは単なる装飾品ではない。教会の最高権威である光主様に直接言葉を届けることが許される、「光士」という名の特権階級の証だ。
「銭導士様……! あなたが日々、泥にまみれ、数字と格闘し、教会の『台所』を支えてこられた苦労を、神は見捨てなかったのですね……! ううっ……!」
傍らでは、事情を全く知らない聖騎士が、これまでのルナの「銭ゲバ(もとい、献身的な経営)」が報われたと信じ込み、鎧の籠手で涙を拭っている。
「……聖騎士様、泣きすぎ。………それ、……たぶん、……『お漏らし』防いだ、お礼」
「……っ。リュンヌ、静かに!」
ルナは慌ててリュンヌを制止し、すぐに淑やかな「選ばれし者の微笑み」を顔に貼り付けた。
副光主様が「黄金の布」を使い、その圧倒的な安心感に感動して光主様に直談判した。
あるいは、光主様ご自身もその「救済」の恩恵にあずかったのかもしれない。理由は明らかだ。
「あな、恐ろしや。光主様にご相談できる『光士』と同列になられるとは」
大教会長は少しわざとらしい驚いた体をみせた。
「これでルナ同志、あなたは名実ともに、このルス教における『智恵の象徴』の一人となられたわけだ」
大教会長も、自分をここまで引き上げてくれた「金の卵」が、さらに上の権力と繋がったことに法悦の表情を浮かべている。
「……ルナ。『光士』。……それ、国を動かす、人?。……あばら家の、先生どころか、……世界の、……先生。どうするの?」
リュンヌが小声で尋ねると、ルナはリングを受け取り、それを大切そうに胸に抱きながら、大教会長へ向かって深く、深く一礼した。
「身に余る光栄にございます、大教会長様。光主様の『知』の一助となれるよう、私はこれからも、この地に根ざした『日常の救済』を貫く所存です」
(……よし。これで『教育所』に教会の公認どころか、光主様の後ろ盾がついたわ。文句を言う奴は、神への反逆者として処理できる!)
ルナの瞳の中で、ショートカットの少女が描く貨幣の放物線とそこから放たれる超音速の一撃がさらに高く、遠くへと射程が描き直された。
ただ、なんでそんな少女の映像が思い浮かぶのかはルナにも理解できない。
そんな、内心とは別で、ルナは調子に乗らなかった。
「こちらのリングはルス教内での証。それに私の正式な階位はあくまでルス教内唯一の「銭導士」でございます」
「……ルナ。賢い。……熊の威、借りない。……大教会長、部下。……出る杭、……打たせない」
リュンヌは、ルナの徹底した「謙虚さ」に舌を巻いた。
もしここで「私は光主様に認められた光士と同格よ!」と吹聴すれば、瞬く間に嫉妬と反発の嵐に晒されるだろう。
けれどルナは、その特権をあくまで「内密な証」に留めた。
そして、大教会長への敬意を忘れないことで、最高の後ろ盾を確保しつつ、現場での動きやすさを維持したのだ。
「それゆえ、私はどこまでも、この地で皆様と共に歩みます。これからも、大教会長様のご慈悲深いご指示を仰ぎながら、実務に励む所存であります」
ルナのその言葉に、大教会長は目を細め、深く感銘を受けたように頷いた。
「おお……。なんという謙虚さでしょう。その地位にありながら奢らず、組織の秩序を重んじるとは。ルナ同志、君はまさに教会の宝だ」
そして、迷うことなくルナに告げた。
「よろしい、あなたの進める『教育所』の件も、私が全面的に応援いたしましょう」
リュンヌは、ルナの首元で揺れるチャームを見つめた。
そこに付けられた小さなリング。街を行き交う人々は、それが「光主と対話できる者」の証だとは夢にも思わないだろう。
「……見えない、鎧、最強。……誰も、……正体に、気づかない。……でも、誰も、……手出せない」
「ふふ、そういうことよリュンヌ。力は誇示するものではなく、必要な時に『行使』するものだわ。」
満足気にルナはリュンヌに持論を述べた後に用件に入る。
「……早速ですが、大教会長様。月の曜日の面接、教会の小会議室をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも! 聖騎士殿、月の曜日は君が受付の案内をしてあげなさい」
「はっ! この聖騎士、光士……いえ、銭導士様のために粉骨砕身いたします!」
ルナは更に言葉を続けようとする




