【第5話】夏の前哨戦(役員会の決戦)
七月下旬のある日、スマートフォンの画面に飛び込んできた通知を見て、私は長野の自宅で息をのんだ。
それは、役員たちが登録しているLINEのグループトーク内での出来事だった。
前会長の金子さんが、突然あまりにも一方的な発議を書き込んできたのだ。
「会員の丸山さんは著しくマナーが悪い。サークルから除名したいので、八月の役員会で検討してほしい」という内容であった。
ルールやマナーが大切なのは百も承知だ。しかし、グループLINEという公の場で、ろくな話し合いも段階も経ずに、いきなり大切な仲間を切り捨てるようなやり方は到底容認できなかった。
心の中で「横暴だな」という激しい言葉が渦巻く。だが、今の私はかつての自分とは違う。怒りに任せてキツい言葉をぶつけるのではなく、このサークルで学んだ「ソフトで、でも芯のある言葉」を使うべきだと自分を律した。
私はスマートフォンの画面に向かい、役員LINEのグループへメッセージを打ち込んだ。「それは、ちょっと乱暴ですよ」あえて「横暴」ではなく「乱暴」という言葉を選び、少しトーンを和らげながらも、三代目会長としての毅然とした意志を込めた。
他の役員たちも見守る画面越しに、一歩も引かない緊迫したラリーが続く。だが、私一人の力だけでグループLINEで突っ張っても、八月の役員会でそのまま力押しされてしまえばそれまでだ。長野にいながらも、私はすぐに次の一手へと動いた。
まずは、新しく役員になってくれた頼れる仲間の松本さんに連絡を入れ、事の顛末を伝えてしっかりと根回しをした。
さらに、初代会長である音羽さんにもすぐに連絡を取った。「音羽さん、役員会の前に、どうしても少しだけお話しさせてください」そう真摯に訴え、なんとか味方になってもらえるよう、事前に思いを伝えておいた。
そして迎えた八月の役員会当日。長野から駆けつけ、私が会場の公民館に到着したときには、すでに音羽さんと金子さんは先に来て席に着いていた。
金子さんのいないところで、音羽さんがそっと私を呼び寄せ、穏やかな顔で声をかけてくれた。
「話しておいたよ、納得してくれたよ」
私が公民館に着くより前に、音羽さんはすでに金子さんの元へ歩み寄り、「金子さん、いくらなんでも、ちょっと厳しすぎるよ」と、サークルの大先輩として重みのある助言を授けてくれていたのだ。
「ありがとうございました、良かったです……!」私は音羽さんに向かって、心からの感謝を伝えた。
長野からの事前の備えと、サークルを愛する大先輩の不言実行の優しさが、がっちりと噛み合った瞬間だった。
役員会が始まると、金子さんは渋々とした様子ではあったが、あれほど頑なに主張していた「除名したい」という発議を自ら取り下げた。
サークルを揺るがしかねなかった嵐が、見事に未然に防がれたのだった。
その後の例会の冒頭。私はいつものように会員の皆さんの前で話した。柔らかく、でも心の真ん中に届く言葉を選んで語りかけた。
「皆さん、いつも楽しく打っていただきありがとうございます。ですが、もし万が一、著しくマナーの悪い行動が続いてしまうと、最悪の場合はサークルをお辞めいただかなくてはならない、なんていう悲しいことにもなってしまいます。ここにいる全員が、これからも気持ちよく麻雀を続けられるように、お互いに思いやりを持って楽しんでいきましょうね」
私の言葉を、会員の皆さんは真剣な表情で聞いてくれた。ただ一人、その除名騒動の張本人である、丸山さんを除いては。
例会が終わった後、役員の松本さんがクスクスと笑いながら、私のところに駆け寄ってきた。
「ねえ会長、聞いてよ!さっきの全体へのお話のときね、隣にいた丸山さん、まさか自分のこと言われてるなんて1ミリも思ってないみたいでさ。私の袖を引っ張って、『ねえ松本さん、そんな非常識な人がいるのねえ、一体誰のことかしら?』って大真面目に聞いてきたのよ!」
「ははは、相変わらずの天然ぶりだね。」
私は松本さんと顔を見合わせ、思わず声をあげて笑ってしまった。
ピリピリとした緊迫感から始まった夏の嵐は、丸山さんの愛すべき天然エピソードによって、どこか救いのある温かな空気の中で無事に収まったのだった。
(最終話へ続く)




