第54話 救いの灯
夜の静けさが部屋を包んでいた。
誰も、すぐには口を開けなかった。
テーブルの上には地図や資料が広げられ、その横には冷めかけた飲み物が並んでいる。
けれど、そのどれにも手を伸ばす者はいなかった。
部屋の隅では、パチルが小さく膝を抱えて座っている。
ミミルがそっと隣へ近づいた。
「……パチル。」
パチルは顔を上げない。
「ボク……。」
震えた声が漏れる。
「約束したのに。」
「こはくを守れなかった。」
その小さな肩が震えた。
「一緒に行きたかった。」
「でも……。」
「『リノたちをお願い』って言われたから……。」
言葉の最後は涙で途切れる。
ミミルは何も言わず、パチルの隣に座った。
少しして、ピリカも静かに寄り添う。
三匹の星兎は、ただ同じ時間を過ごしていた。
言葉はなくても、その沈黙は優しかった。
⸻
部屋の反対側。
ひまりは窓の外を見つめていた。
夜空には、静かに星が瞬いている。
「……また。」
小さく呟く。
「また守られちゃった。」
ピリカが肩へ飛び乗った。
「ひまり。」
「私ね。」
ひまりは目を閉じる。
「小春の時も。」
「今回も。」
「いつも誰かが私を守って……。」
声が震える。
「私、代表なのに。」
「全然強くない。」
その時。
後ろから足音が聞こえた。
リノだった。
何も言わず、ひまりの隣へ立つ。
しばらく二人とも夜空を見上げる。
静かな時間が流れた。
やがてリノが口を開く。
「ひまり。」
「うん?」
「私もね。」
「昔だったら。」
「一人で助けに行こうとしてた。」
ひまりが振り向く。
リノは少しだけ笑った。
「でも。」
「今は違う。」
胸元の灰色リボンへ触れる。
「みんながいる。」
「だから。」
「ちゃんと帰ってこられる方法で助けたい。」
ひまりは少し驚いたように笑う。
「リノ……変わったね。」
「うん。」
リノは頷く。
「前に約束したから。」
「一人で戦わないって。」
ひまりは小さく笑った。
「そうだったね。」
そして。
そっと右手を差し出す。
「約束。」
リノも笑って、その手を握る。
「うん。」
「みんなで迎えに行こう。」
その光景を少し離れた場所から見ていたるりは、ほっと息をついた。
「よかった。」
ルルが小声で尋ねる。
「何が?」
るりは優しく微笑む。
「リノちゃんが、一人で抱え込まなくなった。」
その言葉に、ルルも安心したように頷いた。
⸻
翌朝。
部屋には全員が集まっていた。
ノアが資料を机いっぱいに並べる。
「聞いてほしい。」
部屋の空気が引き締まる。
「商会について調べた結果だ。」
地図。
写真。
事件の記録。
黒いキャンディ。
一本一本の赤い線が、すべてを結びつけていた。
「商会は、人の感情が最も大きく動く場所を狙っている。」
リノは静かに資料を見る。
文化祭。
卒業式。
病院。
ライブ。
そして、星の神殿。
「全部……。」
「繋がってる。」
ノアは頷く。
「そして。」
一枚の地図を広げる。
赤い丸が、一か所だけ記されていた。
「ここが。」
「ノワール・キャンディ商会のアジト候補だ。」
部屋が静まり返る。
ひまりは一歩前へ出る。
「じゃあ!」
「今すぐ行こう!」
しかし。
ノアは静かに首を振った。
「ダメだ。」
「えっ?」
「敵の本拠地だ。」
「準備もなしに突っ込めば。」
「全員捕まる。」
悔しそうに唇を噛むひまり。
リノも拳を握る。
それでも。
ゆっくりと息を吸い、頷いた。
「……うん。」
「ちゃんと準備しよう。」
ノアはその一言を聞いて、小さく微笑んだ。
「それでいい。」
「勝つための作戦を考える。」
その時だった。
部屋の扉が静かに開く。
ラピスが姿を現す。
「失礼いたします。」
「ラピスさん!」
リノたちは立ち上がる。
ラピスは深く一礼した。
「神殿でも話し合いを行いました。」
「星兎族も、この救出作戦へ協力します。」
ミミルたちが嬉しそうに顔を見合わせる。
「やった!」
ラピスは続ける。
「さらに皆さんへ、お伝えしなければならないことがあります。」
部屋の空気が変わる。
「商会のアジトは。」
「普通の場所ではありません。」
「星の境界と現実世界が重なる特殊な空間に存在しています。」
ノアも驚いたように目を細める。
「つまり。」
「地図だけでは辿り着けない……。」
「はい。」
ラピスは頷いた。
「ですが。」
「入口を開く方法ならあります。」
全員が息を呑む。
リノは黄色いリボンの切れ端を握る。
「こはくちゃん。」
小さく呟く。
「待ってて。」
「絶対に迎えに行くから。」
その決意に応えるように、窓の外で朝日が昇り始めた。
新しい一日。
新しい戦い。
その始まりを照らすように、柔らかな光が部屋へ差し込んでいた。




