第51話 後編 代表査定
神殿に静寂が広がる。
誰もが、空に浮かぶ黒い文字を見つめていた。
【最優先回収対象 灰色リボン】
リノは無意識に胸元のリボンを握りしめる。
「私……?」
ミミルが前へ飛び出した。
「リノは渡さない!」
メイはくすりと笑う。
「かわいいですねぇ。」
「でも、その子が一番危険なんですよ。」
「危険……?」
リノが問い返す。
ユキノは穏やかな笑顔を崩さない。
「あなたの力は、商品を壊してしまう。」
「私たちにとって、とても困る存在なんです。」
その瞬間。
リゼが無言で腕を振る。
黒い値札が何十枚も生まれ、一斉にリノへ向かった。
「リノ!」
ひまりが飛び出そうとする。
だが、その前に雷が弾けた。
バチィッ!!
琥珀色の雷が値札を弾き飛ばす。
「何ぼーっとしてるの!」
こはくだった。
雷をまとったまま、リノの前へ立つ。
「え……」
「代表候補なんだから。」
「少しは自分が狙われる覚悟くらいしなさい。」
リノは思わず苦笑した。
「ご、ごめん。」
「謝る暇があるなら戦う!」
「はい!」
パチルがくすっと笑う。
「こはく、助けるの早かったね。」
「うるさい!」
「勘違いしないで!」
「助けたんじゃないから!」
リノが少しだけ笑う。
その空気を壊すように、メイが手を叩いた。
「仲良しごっこは終わりです♪」
リゼが右手を掲げる。
神殿中に巨大な値札が浮かび上がった。
今までとは比べものにならないほど大きい。
「危ない!」
ラピスが叫ぶ。
「その値札に捕まれば、一瞬で感情を奪われます!」
代表たちが一斉に攻撃を放つ。
ひまりの炎。
るりの水。
しおんの影。
こはねの蔦。
まひるの光。
どれも値札へ命中する。
しかし。
何一つ壊れない。
「そんな……!」
るりが息を呑む。
メイが満足そうに笑う。
「代表でも壊せませんよ?」
「これは特別製ですから。」
巨大な値札が、ゆっくりとリノへ落ちてくる。
神殿の床が震えた。
リノは灰色リボンを構える。
「ミミル!」
「うん!」
灰色の光がリボンへ集まる。
リノは値札へ飛び込んだ。
「リノ!」
ひまりが叫ぶ。
灰色リボンが値札へ巻き付く。
その瞬間。
ギギギギ……
値札が止まった。
「止まった……!」
しかし、押し返す力が足りない。
リノの足が少しずつ後ろへ滑っていく。
「くっ……!」
ミミルも必死にリボンを引っ張る。
「リノ!」
そこへ。
雷が落ちた。
「どいて!」
こはくだった。
リノの隣へ並ぶ。
「え?」
「合わせるよ!」
「……え?」
「早く!」
リノはすぐ頷いた。
「うん!」
灰色リボンが値札を縛る。
こはくが雷を集中させる。
パチルが叫ぶ。
「今だよ!」
こはくが右手を突き出す。
「アンバー・ボルト!!」
琥珀色の雷が灰色リボンを伝い、巨大な値札へ突き刺さる。
バキィィィィン!!
神殿中へ衝撃が走る。
黒い値札が粉々に砕け散った。
代表たちも息を呑む。
「壊した……!」
「本当に?」
ラピスが静かに呟く。
「灰色リボンが……。」
メイの笑顔が消えた。
「なるほど。」
「やっぱり。」
ユキノも初めて少しだけ表情を曇らせる。
「灰色だけは、商品にならないんですね。」
ミカドの声が再び神殿へ響く。
「十分だ。」
その声は、どこか満足そうだった。
「目的を変更する。」
神殿の天井が黒く染まる。
「代表の回収は後回しだ。」
リノが顔を上げる。
「え?」
「最優先目標。」
一拍置いて。
「灰色リボン。」
空気が凍りつく。
ひまりが前へ出る。
「リノには指一本触れさせない!」
るりも杖を構えた。
「私も!」
こはねが静かに頷く。
「一緒に守ります。」
しおんも前へ出る。
「灰色はまだ未知の力。」
「だからこそ失うわけにはいかない。」
まひるが優しく笑う。
「みんなで帰ろうね。」
リノは驚いていた。
さっきまで初対面だった代表たちが、自分を守ろうとしてくれている。
その時だった。
こはくが前へ出る。
「勘違いしないで。」
リノが振り向く。
「代表候補を取られたら困るだけ。」
「それだけだから。」
パチルが笑う。
「また素直じゃない。」
「うるさい!」
神殿に少しだけ笑いが戻る。
リノも思わず笑ってしまう。
「ありがとう。」
こはくは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
「……別に。」
その様子を見ていたメイが、小さく笑う。
「いいですねぇ。」
「心が少しずつ近づいていく。」
「とっても甘そう。」
リゼが淡々と言う。
「感情エネルギー上昇。」
ユキノも頷く。
「友情。」
「信頼。」
「安心。」
「全部、高級品です。」
その言葉に、リノの表情が曇る。
商会は戦いを楽しんでいるんじゃない。
人の心が育つ瞬間を、商品として見ている。
ラピスが杖を強く握った。
「本日はここまでです!」
「神殿全域に結界を展開します!」
星形の魔法陣が神殿全体を包み込む。
白い光が広がる。
メイは少し残念そうに肩をすくめた。
「今日は退きましょう。」
「目的は達成できましたから。」
「え?」
リノが驚く。
目的?
メイはにっこり笑った。
「みなさんの力。」
「そして。」
リノを見つめる。
「灰色リボン。」
「ちゃんと確認できました♪」
リゼが黒い扉を開く。
ユキノが静かに一礼する。
三人は闇の中へ消えていった。
静寂が戻る。
神殿には、砕けた黒い値札だけが残っていた。
ラピスはゆっくりと振り返る。
代表たちを見つめる。
「皆さん。」
「どうか油断しないでください。」
「商会は今日、本当の目的を見つけてしまいました。」
リノは胸元の灰色リボンを見つめた。
さっき砕いた値札。
あの感触が、まだ手に残っている。
「私の力……。」
ミミルが肩へ飛び乗る。
「リノ。」
「うん。」
リノは静かに頷いた。
まだ分からないことだらけ。
でも一つだけ分かった。
この力は。
誰かを守るためにある。
そして、その様子を少し離れた場所から見ていたこはくは、小さく笑った。
「……悪くないじゃん。」
その言葉は誰にも届かなかった。
けれどパチルだけは聞いていた。
「こはく。」
「なに?」
「もう、仲間って思ってるでしょ?」
「……。」
こはくは少しだけ照れたように笑う。
「……まだ半分。」
「半分?」
「残り半分は。」
リノの方を見ながら、小さく呟く。
「これから。」
その言葉とともに、神殿の高い天井から星の光が静かに降り注いだ。
しかし、その優しい光とは裏腹に──
闇の向こうでは、黒須ミカドが静かに口元を緩めていた。
「ようやく見つけた。」
「灰色リボン。」
「君こそが、この計画の鍵だ。」
黒いモニターに映るリノの姿。
その画面に、新たな文字が浮かび上がる。
《灰色リボン回収計画 開始》




