第43話 灰色リボン代表候補?
「灰色リボン代表候補……。」
リノは、胸元のリボンにそっと触れた。
淡く光る灰色のリボン。
白でもない。
黒でもない。
それは、星の庭園で選んだ未来の色だった。
けれど、その色が魔法会議で新しく作られた代表枠になっているなんて、リノはまったく知らなかった。
「私……代表候補なんて聞いてないんだけど……。」
リノが困ったように呟くと、ミミルがすぐに両手を広げた。
「ボクも聞いてない!」
「リノの星兎なのに!」
「なんか大事な情報が水たまりから急に出てきた!」
るりはにこにこ笑っている。
「えへへ。水たまりって便利だよね〜。」
「そういう話じゃないよ!」
ミミルが叫ぶ。
ポルルは小さくため息をついた。
「るり、説明するよ。」
「うん、お願い〜。」
「お願い〜じゃないよ。るりが言い出したんだから。」
ポルルの落ち着いた声に、るりは「あはは」と笑って肩をすくめた。
ポルルはリノたちを見渡し、静かに話し始める。
「魔法会議は、それぞれのリボンの代表が集まる会議なんだ。」
「赤、青、黄、緑、紫、白。」
「各色の代表が、ノイズやブラックゲート、魔法少女に関わる異変について話し合う。」
リノは少し緊張した顔で聞いていた。
「じゃあ……ひまりは、赤リボンの代表なんだよね。」
「う、うん。」
ひまりは気まずそうに頬をかく。
「黙ってたわけじゃないんだけど……。」
「タイミングがなかったっていうか……。」
「リノちゃんのことでいろいろあったし……。」
るりが横からひょいっと顔を出す。
「ひまりちゃんはね、赤リボンの中で一番まっすぐなんだよ〜。」
ひまりは顔を赤くした。
「る、るりちゃん!?」
「火力だけなら、すっごく強い子は他にもいるの。」
るりは指を一本立てて、楽しそうに続ける。
「でも、最後まで諦めないのは、ひまりちゃん。」
「負けそうでも、泣きそうでも、守りたいものがあると絶対に立ち上がる。」
「だから赤リボン代表なの。」
ひまりは少し黙った。
その瞳に、小春の面影がよぎる。
もう救えなかった誰か。
だからこそ、もう諦めないと決めた日。
ひまりは小さく笑った。
「私は……ただ。」
「もう誰も諦めたくないだけだよ。」
リノはその言葉を聞いて、胸が温かくなるのを感じた。
ひまりが星の庭園まで迎えに来てくれた理由。
あの叫び声。
「待ってーーーーーー!!」
あれは、ひまりの全部だったのだ。
「ひまりらしいね。」
リノが言うと、ひまりは照れたように笑った。
「えへへ……。」
「でも代表って言われると、まだ慣れないけどね。」
「うそだぁ。」
るりがにこにこしながら言う。
「会議のひまりちゃん、けっこうかっこいいよ?」
「るりちゃん!」
「えー、ほんとのことだよ〜。」
そんな二人を見て、リノは少しだけ笑った。
でも、すぐに視線は自分の胸元へ戻る。
「じゃあ……私の灰色リボンは?」
ポルルが答える。
「灰色リボンは、今まで正式な代表枠にはなかった。」
「リノのリボンが確認されて、会議側が新しく枠を作ったんだ。」
「新しく……。」
「うん。」
「だから正確には、まだ代表ではなく代表候補。」
「リノが何を選び、何を守る魔法少女なのか。」
「会議はそれを知りたがっている。」
ミミルがむっとする。
「なんかリノが試されるみたいで嫌だな。」
ポルルは少しだけ目を伏せた。
「実際、そういう面もあると思う。」
「ポルル!」
ミミルが声を上げる。
ポルルは慌てず、落ち着いたまま続けた。
「でも、悪い意味だけじゃない。」
「新しい色が現れたなら、その子をどう守るかも決めなきゃいけない。」
「魔法会議は、責める場所じゃない。」
「話し合う場所だよ。」
るりがこくこく頷く。
「そうそう。」
「ちょっと怖い人もいるけどね〜。」
リノの肩がぴくっと揺れた。
「怖い人もいるの?」
「いるよ〜。」
「るりちゃん、そこはぼかして!」
ひまりが慌てる。
ポルルは静かに補足した。
「代表たちは、それぞれ考え方が違う。」
「リノを歓迎する子もいれば、警戒する子もいると思う。」
「特に……。」
ポルルの視線が、リノの足元へ向いた。
「天城のキャンディで回復したことは、必ず聞かれる。」
リノは息を呑んだ。
天城のキャンディ。
あの夜空色の小さな奇跡。
リノが自分の未来を歩くために使ったもの。
でも、それは確かに天城がくれたものだった。
「私……。」
リノは言葉に詰まる。
その時、るりがリノの顔を覗き込んだ。
「ねえ、リノちゃん。」
いつもの明るい声。
けれど、その瞳は少しだけ真剣だった。
「リノちゃんは、ほんとに未来を選べたの?」
空気が止まった。
ひまりがはっとする。
「るりちゃん……。」
るりはにこにこしたままだった。
でも、その言葉は軽くない。
「それとも。」
「みんなが助けてくれたから、そう言ってるだけ?」
リノの胸が、ちくりと痛んだ。
ミミルが怒ったように前へ出る。
「るり!」
けれど、ポルルが静かに止めた。
「ミミル。」
「るりは意地悪で聞いてるわけじゃないよ。」
「代表候補として、確認しているんだ。」
ミミルは悔しそうに口を閉じる。
ひまりも不安そうにリノを見た。
リノは俯いた。
未来を選んだ。
そう思っていた。
でも、確かに自分はみんなに助けられた。
ひまりが来てくれたから。
ルルが支えてくれたから。
ノアが信じてくれたから。
ミミルが戻ってきてくれたから。
天城のキャンディがあったから。
自分だけの力ではなかった。
「……まだ怖いよ。」
リノは小さく言った。
「魔法会議も怖い。」
「代表候補って言われるのも怖い。」
「先生のキャンディで歩けるようになったのも……本当は少し怖い。」
ミミルがそっとリノの肩へ乗る。
リノは顔を上げた。
「でも。」
「私は先生の未来を選んだんじゃない。」
るりの笑顔が、少しだけ静かになる。
リノはまっすぐに言った。
「私は、私の未来を選んだの。」
「みんなに助けてもらった。」
「それは本当。」
「でも、最後に帰りたいって言ったのは、私だから。」
「歩きたいって決めたのも、私だから。」
「だから……。」
リノは灰色リボンを握った。
「怖くても、会議に行く。」
「私のことを、私の言葉で話す。」
沈黙。
雨上がりの空から、雫が一粒落ちた。
るりはじっとリノを見つめたあと、ぱっと笑った。
「うん。」
「それが聞きたかったの。」
ひまりはほっと息を吐いた。
「もう、るりちゃん……急に怖いこと聞くんだから。」
るりはえへへと笑う。
「ごめんね〜。」
「でも、灰色リボンの子がどんな子か、ちゃんと知りたかったんだもん。」
ポルルも小さく頷いた。
「リノなら、会議に出ても大丈夫だと思う。」
ミミルはふんっと鼻を鳴らす。
「当然だよ!」
「リノはすごいんだから!」
リノは少し照れたように笑う。
「ミミル、声大きい。」
「大きく言うことだから!」
みんなが小さく笑った。
その笑い声は、雨上がりの街に優しく溶けていった。
けれど。
ポルルの表情は、すぐに少し曇った。
「ただ、もう一つ気をつけてほしいことがある。」
「もう一つ?」
ノアが反応する。
ポルルは静かに頷いた。
「最近、星兎の間でも意見が割れているんだ。」
ミミルの耳がぴくりと動く。
「星兎の間で?」
「うん。」
ポルルは言葉を選ぶように続けた。
「魔法少女を戦わせ続けるべきか。」
「それとも、傷つく前に眠らせて守るべきか。」
リノの胸がざわついた。
眠らせて守る。
それは、天城の考えにとても近かった。
ミミルは眉を寄せる。
「そんなの守ってるって言わないよ!」
「リノは眠るために魔法少女になったんじゃない!」
ポルルは静かに頷いた。
「僕もそう思う。」
「でも、そう思わない星兎もいる。」
ミミルは言葉を失った。
星兎は、魔法少女のそばにいる存在。
励まして、支えて、一緒に戦う存在。
そう信じていた。
だからこそ、ミミルには信じられなかった。
「星兎が……魔法少女を眠らせたいって思うの?」
ポルルは目を伏せた。
「傷つく姿を見続けた星兎もいる。」
「助けたいのに助けられない。」
「守りたいのに守れない。」
「その中で、違う答えを選んだ星兎がいるんだ。」
ひまりは拳を握る。
「それって……キャンディ先生と関係あるの?」
ポルルはすぐには答えなかった。
ただ、雨の匂いが残る空を見上げる。
「まだ、はっきりとは言えない。」
「でも、魔法会議では必ず話題になると思う。」
リノは胸元の灰色リボンを見つめた。
天城。
キャンディ。
クリスタル。
そして、星兎。
すべてが少しずつ繋がり始めている。
その先に何が待っているのか、リノにはまだ分からなかった。
⸻
同じ頃。
星の庭園。
青白い光に包まれた広場で、天城は静かに空を見上げていた。
そばには、レイナが立っている。
彼女は以前のような優等生の笑みを浮かべてはいなかった。
柔らかく、美しく。
けれど、どこか甘く歪んだ笑み。
それが、今のレイナの本当の顔だった。
「先生。」
レイナは静かに口を開いた。
「リノちゃん、魔法会議に行くんですねぇ。」
天城は穏やかに頷く。
「ええ。」
「彼女は灰色リボン代表候補ですから。」
「代表……。」
レイナはくすりと笑った。
「ふふ、リノちゃんには重すぎますよぉ。」
「そう思いますか。」
「はい。」
レイナは胸に手を当てる。
「だって、あの子はまた無理をします。」
「また笑って。」
「また我慢して。」
「また、大丈夫って言います。」
その声は優しい。
でも、優しさだけではなかった。
「リノちゃんは、自分がどれだけ壊れやすいか分かっていないんです。」
「だから私が、ちゃんと止めてあげないと。」
天城はレイナを責めない。
ただ静かに聞いている。
「あなたは、彼女を救いたいのですね。」
「はい。」
レイナは微笑んだ。
「私はリノちゃんを傷つけたいんじゃありません。」
「リノちゃんが、もう傷つかない場所へ連れていきたいだけ。」
「今度こそ。」
少しだけ声が甘く伸びる。
「私が、救ってあげます。」
その時、木陰から白い髪の少女が姿を現した。
白乃ゆら。
彼女は眠たげな瞳で、二人を見つめていた。
「先生。」
「会議って、怖い場所?」
天城はゆっくり振り返る。
「いいえ。」
「選択の場所です。」
ゆらは小さく首を傾げた。
「選択……。」
「私が、戻りたいって言った時みたいに?」
天城は静かに微笑む。
「ええ。」
「私は、あなたの選択を止めませんでした。」
ゆらはふわりと笑った。
「そっか。」
「だから先生は、優しいんだね。」
レイナはゆらを一瞬だけ見た。
その視線には、少しの警戒と、少しの同情が混ざっていた。
ゆらは手のひらに、小さな白いキャンディを乗せていた。
淡く光るそのキャンディの中で、白い影がゆらゆら揺れている。
ゆらはそれを見つめて、ぽつりと呟いた。
「これって、私の痛み?」
天城は静かに答える。
「ええ。」
「あなたが、私に預けたものです。」
ゆらは安心したように笑った。
「そっか。」
「だから私は、もう苦しくないんだね。」
その笑顔は、とても穏やかだった。
けれど、どこか空っぽだった。
天城は星空を見上げる。
「リノさんは、すでに一度選びました。」
「次は、その選択を問われる番です。」
レイナは目を細める。
ゆらはキャンディを握りしめる。
星の庭園に、甘い風が吹いた。
遠くで、眠るクリスタルたちが淡く輝く。
まるで次の会議を待つように。
静かに。
静かに。




