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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 4 心に値段はつけられない

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第42話 青いリボンの魔法少女

病院を出た空は、昨日の雨が嘘みたいに晴れていた。


朝の光が歩道を照らし、濡れた葉っぱの先で小さな雫がきらきら光っている。


リノは、ゆっくりと一歩を踏み出した。


靴の裏が地面に触れる。


足に伝わる硬さ。


自分の体重。


風がスカートを揺らす感覚。


その全部が、まだ少し不思議だった。


「……歩いてる。」


小さく呟く。


隣を飛んでいたミミルが、ぱあっと顔を輝かせた。


「歩いてるよ!」


「リノ、歩いてる!」


「もう朝から何回目それ……。」


リノは照れたように笑う。


ミミルは胸を張った。


「何回でも言うよ!」


「だってリノが歩いてるんだもん!」


「ボク、百回でも千回でも言う!」


「千回はちょっと多いかな……。」


少し後ろでは、ひまりが涙目で両手を握っていた。


「うぅ……リノちゃんが普通に歩いてる……。」


ルルが横で苦笑する。


「ひまり、昨日から泣きすぎ。」


「だってぇ!」


ノアも優しく笑った。


「でも、まだ無理はしないこと。」


「うん。」


リノは頷く。


「分かってる。」


完全に歩けるようになった。


けれど、まだ心は追いついていない。


嬉しい。


怖い。


信じられない。


その全部が胸の中で混ざっていた。


ふと、リノの足元に小さな星の光が揺れた。


きらり。


一瞬だけ、地面に星の庭園のような光が浮かぶ。


「……。」


ミミルだけが、それに気づいた。


「ミミル?」


リノが首を傾げる。


ミミルは慌てて首を振った。


「ううん!」


「なんでもない!」


「そう?」


「うん!」


ミミルは笑ってみせた。


けれど、その胸の奥には小さな不安が残った。


天城のキャンディ。


リノを歩けるようにした、夜空色の奇跡。


それが本当に、ただの贈り物だったのか。


まだ、分からなかった。



その時だった。


ぽつり。


リノの頬に、水滴が落ちた。


「雨?」


空を見上げる。


さっきまで晴れていたはずの空に、薄い雲が広がっていた。


ぽつり、ぽつり。


小さな雨粒が道を濡らしていく。


ひまりの表情が変わった。


「……この感じ。」


「ひまり?」


ルルが問いかける。


ひまりは周囲を見回した。


「昨日の夜と同じ魔力……。」


雨粒が歩道に落ちる。


小さな水たまりができる。


その水面に、ふわりと青いリボンの影が揺れた。


次の瞬間。


水たまりが黒く染まった。


「っ!」


ノアが剣を構える。


黒い水が盛り上がり、ぐにゃりと形を変えた。


水をまとったノイズ。


身体中から雨水を吸い込み、どんどん大きくなっていく。


「ノイズ!」


ひまりが前に出る。


「みんな、下がって!」


リノも胸元のリボンに手を当てた。


ミミルが肩に飛び乗る。


「リノ、いける?」


「うん。」


リノは深く息を吸った。


「いける。」


足が動く。


立って戦える。


その事実が、少しだけ怖くて、でも嬉しかった。


ひまりが赤いリボンを握りしめる。


「もう二度と、諦めない!」


炎が、ひまりの足元からふわりと立ち上がる。


「赤いリボンに願いを結んで!」


赤い光がリボンの形になり、ひまりの身体を包み込む。


「レッド・リボン・ドレスアップ!」


真紅のドレスが炎の中から現れた。


ひまりの瞳に、強い光が宿る。


続いて、リノは胸元の灰色リボンにそっと触れた。


指先に、やわらかな光が灯る。


「くるくる結んで、きらきら光れ!」


灰色のリボンが、リノの周りをくるくると舞う。


それは白でも黒でもない、淡く優しい光だった。


「涙も勇気も、未来へ結んで!魔法になあれ!」


リボンは星の粒をまとい、リノの髪を、腕を、足元を包んでいく。


「マジカル・リボン・ドレスアップ!」


灰色の光が弾けた。


新しい魔法衣装が、リノの身体に重なる。


以前よりも少し明るく、リボンの端には小さな星の模様が揺れていた。


ミミルが嬉しそうに叫ぶ。


「リノ!」


「うん!」


リノは前を向く。


「もう逃げない。」


ルルとノアも変身し、四人の魔法少女が雨の中に立った。


ノイズが咆哮した。


黒い水が波のように押し寄せる。


「リボン・ブレイズ!」


ひまりが炎を放つ。


しかし、雨に濡れた空気の中で炎はいつもより広がらない。


「うそっ、火力が落ちてる!」


ノイズはさらに水を吸い込み、巨大化する。


ルルのリボンが水の足場に絡め取られた。


「足元が悪い……!」


ノアが剣で水の触手を切り払う。


「普通のノイズじゃないね。」


リノは光のリボンを飛ばし、仲間の動きを支えた。


けれど、久しぶりに立って戦う身体は、まだ少しぎこちない。


踏み込む。


避ける。


その一つひとつが、前とは違って感じられる。


「リノ、右!」


ミミルの声に反応し、リノは横へ跳んだ。


黒い水の腕が、すぐそばを掠める。


「っ……!」


着地した足が少し震えた。


「大丈夫!?」


「大丈夫!」


そう答えたものの、息が上がる。


ノイズは雨を吸い続け、さらに大きくなる。


ひまりが歯を食いしばった。


「このままじゃ……!」



その時。


ぽちゃん。


小さな水音がした。


戦いの音の中で、なぜかその音だけがはっきりと響いた。


全員が振り向く。


水たまりの上に、一人の少女が立っていた。


青い髪。


大きな青いリボン。


幼く可愛らしい顔立ち。


雨粒の中で、ふわりと笑う。


「ひまりちゃーん!」


少女は両手を振った。


「久しぶり〜!」


ひまりが目を見開く。


「るりちゃん!?」


リノは驚いてひまりを見る。


「知り合い?」


少女――雨宮るりは、にぱっと笑った。


「うん!」


「ここで会ったのは、魔法会議以来だねー。」


「もうすぐだね。」


リノは聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「魔法……会議?」


ひまりが「あっ」という顔をした。


「るりちゃん、それ今……!」


だが、るりはまったく気にしていない。


「ん?」


「なぁに?」


その間にも、ノイズがるりへ向かって黒い水を放った。


「るりちゃん、危ない!」


ひまりが叫ぶ。


るりはきょとんとした顔でノイズを見た。


「危ない?」


そして、すぐににこっと笑った。


「あれ、敵さんだよね?」


るりは青いリボンにそっと触れた。


雨粒が、彼女の周りでぴたりと止まる。


「涙も痛みも、ぜんぶ包んで。」


青い水のリボンが足元から浮かび上がる。


「青いリボンに願いを結ぶ。」


水面がきらきらと光り、るりの身体を優しく包み込む。


「ブルー・リボン・ドレスアップ。」


青い光が弾ける。


水色と白を基調にしたドレス。


波のように揺れるスカート。


胸元には大きな青いリボン。


幼い笑顔のまま、るりは水たまりの上にふわりと立っていた。


「じゃあ。」


るりは小さく手を上げた。


「ばしゃーんってするね。」


水たまりが一気に広がる。


地面を走った青い光が、ノイズの足元を包み込む。


「アクア・リボン・ケージ。」


るりの声は、驚くほど軽かった。


次の瞬間。


巨大な水球がノイズを丸ごと閉じ込めた。


ノイズは中で暴れる。


黒い水を吐き出し、触手を伸ばし、水球を破ろうとする。


けれど、出られない。


水球の表面には、青いリボンの模様が幾重にも浮かんでいた。


るりは首を傾げる。


「んー。」


「まだ元気だね。」


そして、両手を小さくぎゅっと握った。


「じゃあ、もう少しだけ。」


水球がきゅっと縮む。


ノイズの動きが止まった。


一瞬後、黒い身体は星の粒となって、水の中で静かに弾けた。


ぱしゃん。


水球が消える。


雨も、いつの間にか止んでいた。


リノたちは言葉を失った。


ひまりだけが苦笑する。


「相変わらず……強すぎ。」


るりは振り返って、にこにこ笑った。


「えへへ。」


「みんな濡れなかった?」


「そこ心配するところなんだ……。」


リノが思わず呟く。


すると、るりの後ろから小さな星兎がふわりと現れた。


青白い身体。


水色の耳。


雫のような星のしっぽ。


落ち着いた瞳の星兎だった。


「るり。」


「大事なところを飛ばしてるよ。」


るりはぱちぱちと瞬きした。


「え?」


「飛ばしてた?」


「うん。」


星兎はリノたちへ向き直る。


「この子は雨宮るり。」


「青リボンの代表なんだ。」


ミミルが目を丸くした。


「青リボンの代表!?」


星兎は穏やかに頷く。


「僕はポルル。」


「るりの星兎だよ。」


「見た目は幼いけど、実力は本物だよ。」


るりはえっへんと胸を張る。


「本物だよ〜。」


ひまりが苦笑した。


「それ、自分で言うんだ。」


るりはそこで、急に何かを思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ!」


「ひまりちゃんは赤リボン代表でしょ?」


ひまりの顔が固まった。


「え。」


「るりは青リボン代表でしょ?」


ポルルが小さく息をつく。


「るり……。」


「で、リノちゃんは灰色リボン代表候補でしょ?」


るりは満足そうに頷いた。


「うんうん、ばっちりだね〜!」


沈黙。


リノは数秒固まったあと、ゆっくり口を開いた。


「待って待って待って。」


「私だけ初耳なんだけど!?」


ミミルも飛び跳ねる。


「ボクも初耳!!」


「リノの星兎なのに知らないこと多すぎない!?」


ひまりは気まずそうに視線を逸らした。


「あー……ごめん。」


「言うタイミングがなくて……。」


リノはひまりを見る。


「ひまり、赤リボンの代表だったの?」


「う、うん……一応。」


「一応で代表ってできるの?」


「できるというか、なっちゃったというか……。」


るりはにこにこ笑っている。


「ひまりちゃん、会議だとちゃんとしてるよ〜。」


ひまりは慌てて手を振った。


「るりちゃん!それはそれで恥ずかしいから!」


ポルルが静かに言う。


「るり、大事な話をおやつみたいに出さないで。」


るりは少しだけ頬を膨らませた。


「おやつじゃないよぉ。」


「でも、もうすぐ魔法会議だもん。」


リノは胸元の灰色リボンに手を当てた。


「魔法会議……。」


るりは明るく頷く。


「それぞれのリボンの代表が集まる会議だよ。」


「赤、青、黄、緑、紫、白……いろいろ!」


「でね。」


るりはリノのリボンを覗き込む。


「灰色リボンは、リノちゃんが現れたから新しく作られた枠なんだって。」


「新しく……?」


リノの声が小さくなる。


「私、そんな大きな話になってるの?」


ポルルが落ち着いた声で補足する。


「灰色リボンは前例が少ないんだ。」


「だから会議側も、リノのことを知る必要がある。」


ミミルがすぐに反応した。


「リノのことを知るって、何するの!?」


「変なこと聞かれたらボクが怒るよ!」


ポルルは少し困ったように首を傾げる。


「たぶん、たくさん質問されると思う。」


「たくさん!?」


リノとミミルの声が重なった。


ひまりもリノの隣に立つ。


「大丈夫。」


「私も一緒に行くから。」


リノはひまりを見る。


「私、本当に呼ばれるの?」


るりは変わらずにこっと笑った。


「たぶんね。」


「だって、リノちゃんは灰色リボン代表候補だもん。」


軽い口調。


けれど、その言葉はリノの胸に重く残った。


灰色リボン。


新しく作られた枠。


代表候補。


自分の知らないところで、自分のことが大きく動き始めている。


リノはそっと胸元を押さえた。


そこには、再契約によって戻った灰色の光がある。


白でもない。


黒でもない。


救済でも、絶望でもない。


未来を選んだ色。


るりはそんなリノを見つめ、少しだけ声を柔らかくした。


「でも、大丈夫だよ。」


「会議って言っても、こわーいだけの場所じゃないから。」


「みんなで話す場所。」


「何を守るか、どう守るかを決める場所。」


それから、いつもの明るい笑顔に戻る。


「まあ、いっぱい聞かれると思うけど、がんばってね〜!」


リノは固まった。


「いっぱい……?」


ひまりが慌てて笑う。


「あー……ちょっとだけ。」


ポルルがすぐに言う。


「ちょっとではないと思う。」


ミミルが叫んだ。


「ポルルが一番怖いこと言った!」


るりは楽しそうに笑う。


雨上がりの水たまりに、青い光が揺れていた。


リノはもう一度、自分の灰色リボンを見る。


歩き出したばかりの未来は、どうやら思っていたよりもずっと広くて、ずっと騒がしいものになりそうだった。

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