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リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 4 心に値段はつけられない

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第41話 歩き出す朝

朝の光が、病室のカーテンを透かしていた。


白い天井。


消毒液の匂い。


窓の外で揺れる木の葉。


リノはベッドの上で、ゆっくりと目を開けた。


「……朝……。」


小さく呟く。


隣では、ミミルが丸くなって眠っていた。


長い耳をぴくぴく動かしながら、安心しきったような寝息を立てている。


「ミミル……。」


リノはそっと手を伸ばし、その頭を撫でた。


温かい。


ちゃんと、ここにいる。


昨日までなら、それだけで泣いてしまいそうだった。


でも今は、涙より先に笑みがこぼれる。


「おかえり。」


小さな声に、ミミルの耳がぴくんと跳ねた。


「んにゃ……リノ……?」


寝ぼけた声。


「起きた?」


「起きてない……あと五分……。」


「星兎にも五分ってあるんだ。」


リノがくすっと笑う。


その笑い声で、ミミルはぱちっと目を開けた。


「リノ!」


がばっと飛び起きる。


「リノ、起きてる!」


「うん。起きてるよ。」


「本当に!?どこか痛くない!?苦しくない!?変な夢見てない!?鏡のリノは!?」


ミミルは慌ててリノの周りを飛び回った。


リノは少し困ったように笑う。


「大丈夫。」


「……本当に?」


「本当。」


そう言ってから、リノはふと自分の足を見下ろした。


布団の下。


まだ自由には動かない足。


前回、再契約の光の中で、ほんの少しだけ感覚が戻った気がした。


けれど、それが夢だったのか現実だったのか、リノにはまだ分からなかった。


「……。」


リノはゆっくり息を吸う。


そして、足先に力を込めた。


ほんの少し。


ほんの少しだけ。


「……っ。」


つま先が、ぴくりと動いた。


「……え。」


リノは息を呑んだ。


もう一度、力を込める。


今度はさっきよりもはっきりと、足の指先が動いた。


「ミミル……。」


「ん?」


「動いた。」


「え?」


「足……動いた。」


一瞬、病室が静まり返った。


次の瞬間。


「えええええええっ!?」


ミミルの叫び声が病室に響いた。


「動いた!?今!?本当に!?リノの足が!?」


「う、うん……少しだけ。」


「すごい!すごいすごいすごい!」


ミミルはベッドの上をぴょんぴょん跳ね回る。


「リノ!もう一回!もう一回やって!」


「そんな簡単に言わないでよ……。」


リノは苦笑しながら、もう一度足先に力を込める。


ぴくり。


小さく動く。


たったそれだけ。


けれど、リノにとっては世界が変わるほどの動きだった。


「……動いた。」


声が震える。


「私の足……まだ、動くんだ。」


胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。


ミミルはリノの手にぎゅっとしがみついた。


「リノ……!」


「ミミル。」


「うん!」


「私……少しだけ、進めるかもしれない。」


ミミルは涙目で何度も頷いた。


「進めるよ!」


「絶対進める!」


「ボクも一緒にいるから!」


リノは小さく頷いた。


「うん。」


「もう、一人で抱え込まない。」


その言葉を口にした時、ふと胸の奥が温かくなった。


鏡のリノの声が、どこか遠くで聞こえた気がした。


『約束だよ。』


リノは静かに目を閉じる。


「……約束する。」



その日の午後。


病室には、いつもの騒がしい声が戻ってきた。


「リノちゃーーーーん!」


ドアが開いた瞬間、ひまりが飛び込んできた。


その後ろから、ルル、ノア、セナ、ミカが続く。


「ひまり、病院では静かに。」


ルルが注意する。


「分かってるけど!でも!リノちゃんが!足!足が!」


「落ち着いて。」


ノアが苦笑する。


セナはほっとしたように胸を押さえた。


「リノ、本当に少し動いたの?」


ミカも目を輝かせている。


「見せて見せて!」


「見世物じゃないんだから……。」


リノは照れたように笑う。


それでも、みんなの顔を見ると、胸がじんわり温かくなった。


心配してくれる人がいる。


待っていてくれる人がいる。


それが、今のリノには何より嬉しかった。


リノは足先に力を込める。


ぴくり。


ほんの小さな動き。


でも、病室にいた全員が息を呑んだ。


「……動いた。」


セナが涙ぐむ。


「本当に……。」


ミカは両手で口元を押さえた。


「よかった……よかったね、リノ……!」


ひまりはもう我慢できなかった。


「リノちゃぁぁぁん!」


「わっ!」


ひまりがベッドに飛びつき、リノをぎゅっと抱きしめる。


「よかった!ほんとによかった!」


「ひまり……苦しい……。」


「ごめん!でも嬉しい!」


「分かるけど……!」


ルルも静かに微笑んだ。


「本当に、よかった。」


ノアはリノを見つめて言う。


「でも焦らないこと。」


「うん。」


「少し動いたからって、すぐに歩けるわけじゃない。」


「分かってる。」


リノはゆっくり頷く。


「でも……。」


布団の上で、手をぎゅっと握る。


「ちゃんと、前に進みたい。」


その言葉に、みんなが静かに頷いた。



それから少しして。


リノはリハビリ室にいた。


両手で歩行器を握り、慎重に身体を起こす。


足にはまだ力が入りきらない。


膝が震える。


ほんの少し体重をかけただけで、足元が崩れそうになる。


「リノ、無理しないで!」


ミミルが心配そうに叫ぶ。


ひまりもすぐそばで両手を広げていた。


「倒れそうになったら私が受け止めるから!」


「ひまりは勢い余って一緒に倒れそう。」


ルルが冷静に言う。


「えっ、そんなことないよ!たぶん!」


「たぶんなんだ。」


ノアが笑う。


そのやりとりに、リノは少しだけ肩の力が抜けた。


「大丈夫。」


歩行器を握り直す。


一歩。


足を前に出そうとする。


けれど、思うようには動かない。


足が床に貼りついたみたいに重い。


「……っ。」


額に汗が滲む。


「リノ、今日はここまででも……。」


セナが心配そうに言う。


でもリノは首を横に振った。


「もう少し。」


「でも……。」


「大丈夫。」


リノは足先に意識を集める。


ゆっくり。


ゆっくり。


ほんの少しだけ、右足が前へ滑った。


「……!」


それは歩いたと言うには、あまりにも小さな動きだった。


けれど。


リノは確かに、自分の意志で足を前へ出した。


「できた……。」


声が震えた。


「少しだけ……できた。」


ミミルが泣きそうな顔で笑う。


「リノ!」


ひまりも目元を拭った。


「すごいよ……!」


その瞬間、リノの膝から力が抜けた。


「あ……。」


倒れかけた身体を、ひまりとルルが慌てて支える。


「リノちゃん!」


「大丈夫?」


リノは少し息を切らしながら、それでも笑った。


「大丈夫。」


悔しさもあった。


思ったよりも動かない足に、怖さもあった。


でも、それ以上に。


「前より、進めてる。」


リノはそう言って笑った。



その夜。


病室は静かだった。


窓の外には、星が出ている。


リノはベッドの上で、小さな箱を開いた。


中には、一粒のキャンディ。


夜空を閉じ込めたように透き通った、青い光のキャンディ。


天城が去り際に渡してくれたものだった。


「あなたは私とは違う未来を選びました。」

「でしたら、最後まで歩き続けてください。」

「その未来を、いつか私にも見せてください。」


あの声が、耳の奥に残っている。


リノはキャンディをじっと見つめた。


「……これを使ったら。」


隣にいたミミルが顔を上げる。


「うん。」


「先生に頼ったことになるのかな。」


ミミルはすぐには答えなかった。


ただ、リノのそばに寄り添う。


「リノは、どう思うの?」


「怖い。」


リノは正直に言った。


「先生がくれたものだから。」


「うん。」


「でも……先生は、私を騙してはいなかった。」


リノはキャンディを手のひらに乗せる。


小さな光が、指の間から漏れた。


「先生の救済を選ぶためじゃない。」


「先生のものになるためでもない。」


「私は……。」


リノは目を閉じる。


星の庭園。


鏡のリノ。


ミミルの温もり。


ひまりの叫び声。


みんなの笑顔。


そして、自分の本音。


帰りたい。


みんなと笑いたい。


未来を生きたい。


リノは目を開けた。


「この足で、私の未来を歩くために使う。」


ミミルはまっすぐリノを見た。


「それなら。」


「それは、リノの選択だよ。」


「……うん。」


リノは小さく笑った。


「ミミル。」


「なに?」


「そばにいて。」


「もちろん!」


ミミルは力強く頷いた。


「ボクはリノの星兎だもん!」


リノはキャンディを口へ運ぶ。


一瞬だけ、手が震える。


けれど、もう迷わなかった。


ぱきん。


小さな音がした。


キャンディが舌の上で溶ける。


甘い。


でも、ただ甘いだけじゃない。


夜空みたいに澄んでいて、少しだけ切なくて、どこか温かい味。


次の瞬間。


リノの身体を、星の光が包み込んだ。


「……っ!」


足先から、温もりが広がる。


つま先。


足首。


膝。


太もも。


今まで遠くにあった感覚が、一つひとつ戻ってくる。


眠っていた神経に、光が流れ込んでいくようだった。


痛みではない。


でも、確かに強い感覚。


リノはシーツを握りしめる。


「リノ!」


ミミルが叫ぶ。


「大丈夫……!」


リノの声は震えていた。


けれど、その瞳には光が宿っていた。


「戻ってくる……。」


「足の感覚が……!」


病室のドアが慌ただしく開く。


光に気付いたひまりたちが飛び込んでくる。


「リノちゃん!?」


「何が起きて……!」


ルルが息を呑む。


ノアは静かに目を見開いた。


セナとミカも言葉を失う。


星の光が、リノの足を優しく包んでいた。


やがて光はゆっくりと収まっていく。


病室に静寂が戻る。


リノは、自分の足を見下ろした。


「……。」


ゆっくり、足先に力を込める。


動く。


次に膝。


動く。


リノは震える手でベッドの端を掴んだ。


「リノ、待って!」


ミミルが慌てる。


「急に立つのは……!」


「大丈夫。」


リノはそう言った。


自分でも驚くほど、静かな声だった。


ベッドから足を下ろす。


床に足裏が触れる。


冷たい。


床の感触。


ずっと遠くなっていたもの。


リノの瞳に涙が滲む。


「……分かる。」


「床が……分かる。」


ひまりが口元を押さえる。


「リノちゃん……。」


リノはゆっくり立ち上がった。


足が震える。


けれど、崩れない。


まっすぐ立っている。


自分の足で。


「立てた……。」


声が涙で揺れる。


「私……立てた……!」


ミミルの目から大粒の涙がこぼれた。


「リノ……!」


リノは一歩、前へ足を出す。


ゆっくり。


ゆっくり。


その一歩は、ぎこちなかった。


でも確かに、リノ自身の一歩だった。


もう一歩。


また一歩。


病室の真ん中まで歩いたところで、リノは立ち止まる。


みんなが息を殺して見守っていた。


リノは振り返る。


そして、涙を流しながら笑った。


「歩ける……。」


「私、歩けるよ……!」


その瞬間、ひまりが泣きながら抱きついた。


「リノちゃぁぁぁん!」


「ひまり、今度こそ倒れる……!」


「ごめん!でも無理!」


ルルもそっとリノの肩に手を置いた。


「おめでとう。」


ノアは優しく微笑む。


「ちゃんと歩き出したね。」


セナは涙を拭いながら笑った。


「おかえり、リノ。」


ミカも何度も頷く。


「本当に……本当によかった……!」


ミミルはリノの胸へ飛び込む。


「リノ!」


「ミミル。」


「歩けたね!」


「うん。」


リノはミミルを抱きしめる。


「でも、これで終わりじゃない。」


みんながリノを見る。


リノは窓の外の星を見上げた。


「ここから、歩いていくんだよね。」


「私の未来を。」


その言葉に、ミミルは笑った。


「うん!」


「一緒に!」



同じ頃。


星の庭園。


天城は静かな広場に立っていた。


夜空を閉じ込めたようなクリスタルが、遠くで淡く光っている。


そばにはレイナ、コト、メル、スミレの姿。


そして、木陰には白い髪の少女が一人、静かに立っていた。


白乃ゆら。


彼女は穏やかな笑みを浮かべ、天城を見上げる。


「先生。」


「彼女、歩けるようになったんだね。」


天城は微笑む。


「ええ。」


「自分で選びました。」


ゆらは不思議そうに首を傾げる。


「自分で選ぶって、そんなに大事?」


天城は少しだけ目を細める。


「とても。」


「私は、選ばせることだけは奪いません。」


ゆらは静かに笑った。


「そっか。」


「だから、私が戻りたいって言った時も、止めなかったんだね。」


天城は答えない。


ただ、穏やかに微笑んでいた。


レイナは遠くを見る。


「リノちゃん……。」


その声は、寂しそうで、少しだけ嬉しそうだった。


天城は夜空を見上げる。


「歩き出しましたか。」


そして静かに続けた。


「では、次は……。」


「その未来を、見せていただきましょう。」


星の庭園に、風が吹く。


その風はどこか甘く、キャンディの香りがした。



病院の窓の外。


リノが眠ったあと、静かな雨が降り始めた。


夜の街に、ぽつり、ぽつりと雨音が響く。


けれど、その雨は不思議と冷たくなかった。


街灯の下にできた小さな水たまり。


その水面に、青い光が揺れる。


ふわり。


一枚の青いリボンが、水面に浮かんだ。


病室の窓辺で、ひまりがふと顔を上げる。


「……この魔力。」


聞き覚えのある、明るい声が雨音に混じった。


「もうすぐだね、ひまりちゃん。」


青い光が、雨粒の中で弾ける。


ひまりは小さく息を呑んだ。


「……るりちゃんに似てる…?」


新しい扉が、静かに開き始めていた。

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