第40話⑤ さよなら
「どうして……。」
リノは震える声で呟いた。
目の前では、ひまりたちが必死に戦っている。
傷ついても立ち上がる。
何度倒されても、前へ進もうとしている。
その姿を見ているだけで胸が苦しかった。
「もう……やめてよ……。」
リノは両手で耳を塞ぐ。
「みんな傷つくじゃん……。」
「私なんかのために……。」
すると。
コツ、コツ、と静かな足音が近付く。
天城だった。
戦いの中にいても、その表情は変わらない。
穏やかで、静かだった。
「リノさん。」
「見ていて、お辛いですか。」
リノは何も答えられない。
天城は戦う少女たちへ視線を向ける。
「彼女たちは、あなたを助けたい。」
「あなたも、彼女たちを傷つけたくない。」
「どちらも本物の気持ちです。」
「だからこそ、苦しい。」
リノの瞳から涙がこぼれる。
「私は……。」
「誰も傷ついてほしくない……。」
「もう、大切な人がいなくなるのは嫌なの……。」
天城はゆっくり頷いた。
「でしたら。」
「終わらせる方法があります。」
リノが顔を上げる。
「あなたがこちらへ来れば、この戦いは終わります。」
「皆さんも帰れます。」
「もう、あなたが苦しむ必要もありません。」
その言葉に、リノの心が揺れる。
(そうすれば……。)
(みんな助かる……?)
(私がいなくなれば……。)
鏡のリノが隣で囁く。
『そうだよ。』
『全部終わる。』
『ひまりも。』
『ルルも。』
『ノアも。』
『傷つかなくて済む。』
リノは震えながら立ち上がろうとする。
しかし、足は動かない。
車椅子の肘掛けを強く握るだけだった。
その時——。
「リノちゃん!!」
ひまりの叫び声が響く。
振り返ると、スミレとの戦いで制服の袖が焼け焦げ、頬には小さな傷ができていた。
それでも、ひまりは笑っていた。
「そんな顔しないで!」
「私ね!」
「昔、小春ちゃんを助けられなかった!」
リノの目が見開かれる。
ひまりは涙を浮かべながら、それでも前を向いていた。
「もっと強かったらって!」
「もっと早く動けたらって!」
「何回も何回も後悔した!」
炎が揺れる。
「だから!」
「もう二度と!」
「目の前の人を諦めないって決めたの!」
スミレが攻撃を仕掛ける。
ひまりは受け止めながら叫ぶ。
「リノちゃんは!」
「一人じゃない!!」
ルルも続く。
「帰ろう!」
ノアも剣を構えたまま微笑む。
「みんな待ってる。」
「セナも。」
「ミカも。」
「学校のみんなも。」
リノの瞳が揺れる。
(帰る……。)
その言葉だけで胸が締め付けられた。
「でも……。」
「怖いよ……。」
「また嫌われたら……。」
「また笑われたら……。」
「また一人になったら……。」
涙が止まらない。
「私……。」
「本当は……。」
「本当は……。」
言葉が喉で詰まる。
天城は何も言わない。
ただ静かに待っている。
ひまりも待っていた。
ルルも。
ノアも。
誰も答えを急がせない。
長い沈黙のあと。
リノは泣きながら叫んだ。
「帰りたい!!」
声が星の庭園いっぱいに響く。
「みんなのところに帰りたい!」
「学校も怖い!」
「歩けないのも苦しい!」
「毎日泣いてばっかり!」
「それでも!」
「それでも……!」
「みんなと笑いたい!!」
その瞬間だった。
──パリン。
小さな音が響く。
鏡のリノの身体に、一本のひびが入る。
『……え?』
鏡のリノはびっくりしたように自分の身体を見つめる
そして、手を見つめた。
また一つ。
また一つ。
身体から星の粒がこぼれ落ちていく。
『そっか。』
『やっと決めたんだね。』
リノは涙を流したまま頷く。
「うん……。」
「怖い。」
「それでも帰りたい。」
鏡のリノは優しく笑った。
もう、最初に会った時のような冷たい笑みではなかった。
どこか安心したような、穏やかな笑顔だった。
『私ね。』
『ずっと、リノに休んでほしかっただけなんだ。』
『これ以上傷ついてほしくなかった。』
『だから逃げようって言ってた。』
リノは首を横に振る。
「ごめんね。」
「一人で苦しませちゃった。」
鏡のリノは少し驚いたように目を丸くすると、ふっと笑った。
『謝らないで。』
『私はリノなんだから。』
『苦しかったのも。』
『泣いてたのも。』
『全部、本当だった。』
『だから……そんな私も忘れないで。』
リノは涙をぬぐいながら微笑む。
「うん。」
「忘れない。」
「ありがとう。」
鏡のリノは満足そうに頷いた。
『一つだけ約束して。』
『もう、一人で抱え込まないで。』
『助けてって言って。』
『泣きたい時は泣いて。』
『笑いたい時は笑って。』
『それは弱さじゃないから。』
リノは何度も何度も頷いた。
「約束する。」
鏡のリノは最後に一歩近付く。
そして、そっとリノの額へ手を伸ばす。
本当は触れられないはずなのに。
その瞬間だけは、不思議と温もりを感じた。
『ありがとう。』
『私を見つけてくれて。』
『私を、一人にしないでくれて。』
『任せたよ。未来を!』
リノは泣きながら笑う。
「うん。」
「任せて。」
「私……頑張る。」
鏡のリノも笑った。
その笑顔は、リノ自身の笑顔とまったく同じだった。
『じゃあね。』
『もう、大丈夫。』
『……またね。』
パリン――。
優しい音とともに、鏡のリノの身体は無数の星へと変わる。
夜空へ舞い上がった光は流れ星のように星の庭園を駆け抜け、一筋の光となってミミルが眠るクリスタルへ吸い込まれていく。
静かだったクリスタルが、ふわりと淡く輝き始めた。
「……え?」
リノが息を呑む。
小さな白い耳が、ぴくりと動く。
眠り続けていたミミルの指先が、かすかに震えた。
「ミミル……!」
リノの瞳に、新たな涙があふれる。
それは悲しみではなく、希望の涙だった。




