表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボンが黒く染まるまで 〜救うほど闇に近づく魔法少女になってしまいました…!〜  作者: ぽころっと
Chapter 1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第五話 黒いリボンの魔法少女


 商店街の古い噴水の前に、その少女は立っていた。


 黒羽ノア。


 ミミルが、震える声でそう呼んだ。


 リノと同じくらいの年に見える。

 けれど、まとっている空気がまるで違った。


 長い黒髪を高い位置で結び、制服の上から黒いパーカーを羽織っている。

 夕闇の中でも、胸元の黒いリボンだけが妙にはっきりと見えた。


 リノの白いリボンのブローチと、同じ形。

 でも色は、夜よりも深い黒。


 ノアは噴水のふちに腰かけ、まるで待ち合わせに来た友達みたいな顔で笑っていた。


「白い子って、本当にまだいたんだ」


 その声は、甘いのに冷たい。

 かわいい声をしているのに、聞いただけで背中がざわつく。


 リノは思わず一歩後ずさった。


「あなた……誰?」


「聞いてなかった? 黒羽ノア」


 ノアは足を組み替えながら、リノを見た。


「元魔法少女。今は……まあ、好きに呼んでいいよ」


「元、魔法少女……?」


 リノはミミルを見る。


 ミミルはリノの肩の上で固まっていた。

 いつものように説明してくれない。

 かわいい顔をして、何も知らないふりをして、肝心なところで黙ってしまう。


 リノの胸の奥に、昼間の苛立ちが戻ってきた。


「ミミル、知ってるの?」


「リノ、今は下がって」


「答えて」


「リノ!」


 ミミルの声は、今までで一番強かった。


 それだけで、リノは分かってしまう。


 ミミルはノアを知っている。

 しかも、ただ名前を知っているだけではない。


 ノアは楽しそうに笑った。


「久しぶり、ミミル」


 その言葉に、ミミルの体が小さく震える。


「また白い子を選んだんだ。それとも新しく用意したのかなー?」


「ノア……」


「懲りないね」


 リノはふたりのやりとりを聞きながら、胸元のブローチを握りしめた。


 何も知らないのは、自分だけだった。


 魔法少女に選ばれた。

 街を救えるのは自分だけだと言われた。

 怖くても戦った。

 ノイズの声を聞いた。

 ミカを助けた。


 なのに、ミミルはまだ何かを隠している。


 噴水の水面が、ゆっくりと黒く濁った。


 リノははっとする。


 夕方の商店街。

 買い物帰りの人たちが、遠巻きにざわめき始めていた。

 空気が重くなる。

 昨日ノイズが現れたときと同じ、胸を押さえつけるような感覚。


 ミミルが耳を立てた。


「ノイズが来る」


 噴水の中から、黒い泡がぼこぼこと浮かび上がる。


 水ではない。

 それは、墨のような黒い感情だった。


「なんで……!」


 リノはステッキを呼び出そうと、ブローチを胸に当てる。


 けれどノアは、噴水のふちから降りようともしなかった。


「いいね。育ってる」


「育ってる?」


 リノが聞き返すと、ノアは黒いリボンを指でなぞった。


「ノイズはね、倒すだけじゃもったいないんだよ」


「どういう意味?」


「心の闇って、すごく強いから」


 噴水の水面が盛り上がり、黒い影が形を取り始める。


 昨日のノイズは、ほどけたリボンのような姿だった。

 でも今度のノイズは違う。


 割れた鏡を集めたような体。

 いくつもの破片に、人の顔のようなものが映っている。

 それぞれの破片が、違う声で呟いていた。


「見ないで」

「見て」

「嫌わないで」

「近づかないで」

「本当の私を知らないで」


 リノの胸が痛む。


 ミカのノイズとは違う。

 これは、誰かひとりの心ではない。

 もっとたくさんの小さな不安が、噴水の底に溜まっていたみたいだった。


「浄化しなきゃ」


 リノはブローチを握る。


「マジカル・リボン・ドレスアップ!」


 白い光がリノを包んだ。


 制服が光の粒になってほどけ、白とピンクのフリルドレスへ変わる。

 胸元には大きな白いリボン。

 手にはハートのステッキ。


 リノは噴水から現れたノイズに向かってステッキを構えた。


「ミミル、浄化するよ!」


「待って、リノ!」


 ミミルが叫ぶより早く、黒い羽根がリノの前を横切った。


 それは鋭い刃のように空気を裂き、リノにぶつかる。


「きゃっ!」


 リノは衝撃で後ろへ飛ばされた。

 商店街のタイルに足を滑らせ、なんとか転ばずに踏みとどまる。


 顔を上げると、ノアが目の前に立っていた。


 いつの間にか、ノアの姿も変わっていた。


 黒と紫のフリルドレス。

 背中には破れた羽のようなリボン。

 足元には黒い鎖が飾りのように絡み、胸元には漆黒のリボンブローチが光っている。


 かわいい。

 でも、怖い。


 魔法少女の姿をしているのに、夜そのものをドレスにしたみたいだった。


「変身、遅いね」


 ノアは黒いステッキを肩に乗せて笑った。


「あなた、本当に初心者なんだ」


「邪魔しないで!」


 リノはステッキを構え直す。


「あのノイズを浄化しないと、誰かが傷つく!」


「うん」


 ノアは頷いた。


「だから、使うんだよ」


「使う?」

私は意味がわからなかった。


「ノイズを」


 ノアは黒いステッキを噴水のノイズへ向けた。


「ブラック・リボン・ドレイン」


 黒いリボンがノアのステッキから伸び、ノイズに絡みつく。


 ノイズは苦しそうに震えた。


 リノは目を見開く。


「何してるの!」


「吸ってるだけ」


 ノアは平然と言った。


「この子たちの闇を、私の魔法に変えてるの」


「そんなの……!」


「ひどい?」


 ノアは楽しそうに首を傾げる。


「でも、誰かの心の闇って、放っておいたら人を傷つけるんだよ。だったら、使える形にしてあげた方がよくない?」


「違う!」


 リノは叫んだ。


「ノイズは、誰かの心の叫びなんだよ! そんなふうに利用するものじゃない!」


 ノアの笑みが、少しだけ薄くなった。


「ミミルにそう教わったの?」


 リノは言葉に詰まる。


 ノアはリノの肩にいるミミルを見た。


「相変わらずだね。綺麗なことだけ教えて、汚いところは隠すのね」


「ノア、やめて」


 ミミルの声は低かった。


 リノはミミルを見る。


「汚いところって、なに?」


「リノ、今は戦闘中だよ!」


「でも」


 その隙を、ノアは見逃さなかった。


 黒い羽根が、リノの足元を切り裂く。


 タイルが砕け、リノはバランスを崩した。


「っ!」


「よそ見しちゃだめ」


 ノアが一瞬で距離を詰める。


 黒いステッキが振り下ろされ、リノは白いステッキで受け止めた。


 金属同士がぶつかるような高い音が響く。


 リノの腕に衝撃が走った。


 重い。


 ノアの魔法は、見た目よりずっと重かった。

 黒いリボンが絡みつくたびに、リノの心まで引っ張られるような感覚がする。


「弱いね」


 ノアが囁く。


「やさしすぎる」


「やさしいのが、悪いの?」


「悪くないよ」


 ノアはリノのステッキを弾き、くるりと宙に舞った。


「ただ、守れないだけ」


 黒い羽根が雨のように降る。


 リノは慌ててステッキを掲げた。


「マジカル・リボン・シールド!」


 白いリボンが広がり、盾のようにリノを包む。


 羽根が盾に突き刺さる。

 一本、二本、三本。

 白いリボンに黒い染みが広がっていく。


 リノは歯を食いしばった。


 ノアは本気を出していない。

 なのに、リノは防ぐだけで精一杯だった。


「ねえ、白い子」


 ノアの声が、黒い羽根の向こうから聞こえる。


「あなたは何を守りたいの?」


「街を……みんなを!」


「みんなって誰?」


 その問いに、リノは息を止めた。


「名前も知らない人? あなたを見てくれない人? 魔法少女だって知らずに、勝手なことを言う人たち?」


「それでも、守らなきゃ」


「どうして?」


「だって、私は魔法少女だから!」


 ノアは一瞬、黙った。


 それから、小さく笑った。


「かわいい」


 その言葉は褒め言葉ではなかった。


「本当に、かわいそうなくらいかわいい」


 リノの胸元が、ちくりと痛んだ。


 白いリボンの端。

 黒い点が熱くなる。


 鏡の中のリノの声が、ふいに頭の奥で響いた。


「誰もあなたを見てくれないよ」


 リノは頭を振る。


 今は聞いちゃだめ。

 これは自分の声じゃない。

 違う。

 違うはず。


 でも、ノアはその揺らぎに気づいたようだった。


「あるじゃん」


 ノアの瞳が細くなる。


「あなたの中にも」


 リノははっと胸元を見る。


 黒い点から、細い影がにじんでいた。


 白いリボンの縁を、黒がほんの少しだけ侵食している。


「ほら」


 ノアは嬉しそうに笑った。


「黒くなれる才能」


「違う……!」


「違わないよ。魔法少女は、みんなそう」


 ノアの黒いリボンが風に揺れる。


「誰かを助けたい。誰かに認められたい。特別になりたい。選ばれたい。正義って言葉は、そういう願いをかわいく包んだリボンみたいなものだよ」


「そんなことない!」


「じゃあ、あなたは何も欲しくないの?」


 リノの声が止まった。


 欲しくない。


 そう言えたらよかった。


 でも、言えなかった。


 ミカに「一緒に帰らない?」と言われて嬉しかった。

 「白咲さんっぽい」と言われて、胸が温かくなった。

 「気づいてくれる?」と頼られて、少しだけ自分が特別になれた気がした。


 誰かの役に立つことは、嬉しい。

 誰かに必要とされることは、怖いくらい甘い。


 それを欲しがることは、悪いことなのだろうか。


 リノのシールドに亀裂が入った。


「リノ!」


 ミミルが叫ぶ。


 ノアの黒い羽根が、最後の一撃のように放たれる。


 リノは反射的にステッキを振った。


「マジカル・リボン――」


 言葉の途中で、胸元の黒い点が強く光った。


 白いはずの魔法陣に、黒い線が混じる。


 リノのステッキから放たれたリボンは、白ではなかった。


 白と黒が混ざった、灰色のリボン。


 それはノアの羽根を弾き飛ばし、そのまま噴水のノイズへ伸びた。


 ノイズがびくりと震える。


「え……?」


 リノは自分の魔法を見つめた。


 灰色のリボンは、ノイズを優しく包むのではなく、強引に縛り上げていた。


 ノイズの声が苦しそうに重なる。


「見ないで」

「見るな」

「やめて」

「離して」


 リノの手が震えた。


「違う、こんなつもりじゃ」


 ノアが笑う。


 心から楽しそうに。


「いいね」


「やめて……」


「それ、あなたの魔法だよ」


「違う!」


 リノは叫び、ステッキを引いた。


 灰色のリボンがほどけ、ノイズが噴水の中へ沈みかける。


 リノは慌てて浄化の呪文を唱えようとした。


 でも、喉が震えて声が出ない。


 自分の魔法が怖かった。


 ノアは黒いステッキを下ろした。


「今日はここまで」


「待って!」


「挨拶に来ただけだから」


 ノアは噴水のふちへ戻ると、黒いリボンを揺らした。


「次に会うときまでに、もっと黒くなっててよ」


「私は、あなたみたいにはならない!」


 リノが叫ぶと、ノアは少しだけ目を細めた。


 その表情は、笑っているのに寂しそうだった。


「みんな最初はそう言うんだよ」


 黒い羽根が舞う。


 ノアの姿が夕闇に溶けていく。


 消える直前、ノアはミミルを見た。


「ねえ、ミミル」


 ミミルは答えない。


「また壊すの?」


 その言葉だけを残して、ノアは消えた。


 商店街に静けさが戻る。


 噴水の水は、黒く濁ったままだった。

 ノイズは完全には消えていない。

 けれど、表に出る力も失ったように、水面の奥でゆらゆらと揺れている。


 リノはその場に膝をついた。


 変身が解ける。

 フリルドレスは光の粒になってほどけ、制服に戻った。


 胸元のブローチだけが、手の中に残る。


 白いリボンの端。


 黒い点が、少しだけ広がっていた。


 リノはそれを見つめたまま、声を出せなかった。


 ミミルがそっと近づく。


「リノ」


「触らないで」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。


 ミミルが足を止める。


 リノは顔を上げた。


「ミミル、あの子は誰?」


「……黒羽ノア。昔、魔法少女だった子」


「それは聞いた」


 リノの声が震える。


「元魔法少女って、なに? どうして黒いリボンを持ってるの? どうしてミミルを知ってるの?」


 ミミルは何も言わない。


 リノの胸の奥で、黒い感情がふつふつと膨らんでいく。


「どうして、また黙るの?」


「リノ……」


「私も、ああなるの?」


 ミミルの耳が揺れた。


 商店街の明かりが、ひとつ、またひとつと灯っていく。

 通行人たちは、何も知らずにリノたちの横を通り過ぎる。

 魔法も、ノイズも、黒いリボンも見えないまま。


 リノだけが、見えてしまっている。


 ミミルは長い沈黙のあと、小さく言った。


「ノアは昔、誰よりも優しい魔法少女だった」


 リノは息をのんだ。


 ノアが?


 あの黒いリボンの少女が。

 ノイズを利用して、リノを挑発して、ミミルに「また壊すの」と言ったあの子が。


「誰よりも、優しかったの?」


「うん」


 ミミルの声は、今にも消えそうだった。


「だから、壊れた」


 その言葉が、リノの胸に深く刺さった。


 優しいから、壊れた。

 優しすぎたんだ。


 ミカを助けたとき。

 鏡の中のリノに言われたとき。

 ノアに「やさしすぎる」と笑われたとき。


 リノの中で、全部の言葉が一本の黒い糸みたいにつながっていく。


「じゃあ、私も……?」


 ミミルは答えなかった。


 それが何より怖かった。


 噴水の水面が、かすかに揺れた。


 リノは顔を上げる。


 黒く濁った水面に、自分の顔が映っていた。


 疲れた目。

 震える唇。

 そしてその後ろに、一瞬だけ黒いリボンの影が見えた。


「また会おうね、リノ」


 鏡の中の自分の声が、頭の奥で囁く。


 リノはブローチを握りしめた。


 白いリボンは、まだ白い。


 でも、黒い点はもう、ただの点ではなくなっていた。


 それは小さな染みだった。


 いつか広がることを知っている、黒い染み。


 夜空の端で、黒い星が瞬いた。


 リノは初めて、魔法少女であることが怖いと思った。


 そして同時に、ノアのことをもっと知りたいと思ってしまった。


 黒いリボンの魔法少女。


 優しすぎて壊れた、もうひとりの未来。


 リノの胸元で、白いリボンが小さく震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ