第39話 星の庭園
夕暮れ。
雨は止み、雲の隙間から淡い光が差し込んでいた。
リノは静かに車椅子を進める。
向かう先は、昨日と同じ公園。
どうしてかわからないけど心のどこかで思っていた。
(……あの先生に、もう一度会いたい。)
公園へ着くと、一人の男性が静かにベンチへ座っていた。
黒いコート。
穏やかな笑顔。
リノへ気付くと、ゆっくり立ち上がる。
「来てくださったのですね。」
「……はい。」
リノは小さく頷いた。
「昨日、お話を聞いていただいて……少しだけ、楽になりました。」
天城は優しく微笑む。
「それは良かった。」
「今日は、お元気ですか。」
その質問に、リノは答えられなかった。
少し俯き、小さく笑う。
「……やっぱり。」
「苦しいです。」
その一言を聞いた天城は、静かに頷いた。
否定もしない。
慰めもしない。
ただ、リノの言葉を待っていた。
「私……。」
「車椅子になってから。」
「何もできなくなった気がして。」
「ミミルもいなくなって。」
「みんなは優しいのに。」
「私は迷惑ばっかりかけて……。」
涙が一粒、膝へ落ちる。
「もう……。」
「頑張り方が分からないんです。」
天城は静かに目を閉じた。
「そうでしたか。」
「ずっと、一人で抱えてきたのですね。」
リノは何も答えられない。
涙だけが静かに流れ続ける。
しばらく沈黙が流れた。
やがて天城は立ち上がる。
「もし。」
「少しだけ心を休ませたいのでしたら。」
「あなたに、お見せしたい場所があります。」
リノは顔を上げる。
「……場所?」
天城は静かに手を差し出した。
その瞬間。
二人の前に、小さな星の光が舞い始める。
光は集まり、一枚の扉を描いていく。
まるで夜空そのものが扉になったようだった。
「ここは……。」
「安心して過ごせる場所です。」
「誰もあなたを責めません。」
「誰も苦しみません。」
リノは扉を見つめる。
心のどこかで。
(行っちゃダメ。)
そう思う自分がいた。
でも。
(少しだけ……。)
(少しだけ休みたい。)
ゆっくりと顔を上げる。
「……少しだけ。」
天城は優しく微笑んだ。
「ええ。」
「少しだけです。」
リノはその手を取り、光の扉をくぐる。
⸻
眩しい光が消える。
そこに広がっていたのは——
満天の星空。
色とりどりの花が咲き誇る庭園。
中央には一本の大きな木。
風が優しく花びらを運んでいる。
「……綺麗。」
思わず声が漏れる。
天城は静かに歩き出す。
「こちらへ。」
庭園の外周には、白い小道がいくつも伸びていた。
その先には、それぞれ光る門。
門の向こうには、小さな世界が広がっている。
ある門の先では、家族と笑い合う少女。
別の門では、海辺を走る少女。
また別の門では、花畑で本を読む少女。
どの世界にも、幸せな時間だけが流れていた。
「みんな……笑ってる。」
リノは小さく呟く。
天城は穏やかに答える。
「ここでは皆、安心して眠っています。」
「苦しみも、悲しみもありません。」
リノは少女たちを見つめる。
どの子も穏やかな寝顔だった。
「……幸せそう。」
その言葉に、天城は静かに微笑む。
「ええ。」
「今日は、この庭園を見ていただくだけです。」
「答えを急ぐ必要はありません。」
「あなたが本当に望む答えを、ゆっくり見つけてください。」
リノは小さく頷いた。
♢♢♢
その頃。
現実世界。
ひまりたちは公園へ駆けつけていた。
「リノちゃん!」
辺りを見回すルル。
ノアも表情を曇らせる。
「……いない。」
その時だった。
ひまりの肩にいたピリカが、突然耳をぴくりと動かした。
「……っ!」
「ピリカ?」
ひまりが振り向く。
ピリカの表情から笑顔が消えていた。
「ひまり。」
「リノの気配がおかしい。」
「星の世界……!」
ルルが目を見開く。
「星の世界?」
ピリカは真剣な表情で頷く。
「急がないと。」
「リノが帰れなくなっちゃう!」
ひまりは迷わず立ち上がる。
「案内して!」
「うん!」
ピリカの星形のしっぽが赤橙色に輝く。
夜空に、一筋の星の光が伸びる。
その先に、見たことのない光の門が現れた。
ひまりは後ろを振り返る。
「セナ、ミカ。」
「リノちゃんを連れて、必ず帰ってくるから。」
セナは強く頷く。
「うん。」
「待ってる。」
ミカも胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
「……リノちゃんをお願いします。」
ひまりは力強く笑う。
「行こう!」
ルルとノアも頷き、三人はピリカの後を追って光の門へ飛び込んだ。
残されたセナとミカは、静かに夜空を見上げる。
「……待ってるんだからしっかり帰ってきてよね。」
その願いを胸に、二人は信じて待ち続けた。




